映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深堀る連載、第11回。相性の悪そうな組み合わせが、意外にうまくハマる……そういうことってありますよね。食べ物でも、人間関係でも。
和田家には三世代の男が同居している。祖父(段田安則)は元新聞社社長、父(佐々木蔵之介)はテレビの報道番組プロデューサー、孫の優(相葉雅紀)は、駆け出しのウェブニュースライター。メディアの歴史をそのまま背負った3人の男たちが、日々の食卓を囲みながら交わす会話に引き込まれる。
食事担当は料理好きな孫の優だ。包丁を持つ所作が美しく、エプロンをつけてキッチンに立つ姿が板についている。優の料理に対する姿勢から家族へのリスペクトがにじみ、ぎすぎすしがちな男所帯の家にうるおいをもたらす。彼の存在感がこのドラマの見どころだ。
そんな彼が和田家に加わった日の記念すべきメニューは、すき焼き。肉を好む祖父の大好物である。「すき焼きは、一人でも二人でも間が持たない。3人いてこそすき焼きなんだよ」と持論をぶち上げ、それまでの二人暮らしでは叶わなかったメニューを所望する。さっそく優の出番が訪れた。
両手で抱えられるほど大きな鉄鍋の中に、具材が綺麗に並べられている。牛肉、焼き豆腐、長ネギ、飾り切りの椎茸、にんじん、春菊、しらたき……。割り下がぐつぐつ煮え、汁気たっぷりのすき焼き鍋だ。さて、箸を入れようというタイミングで祖父が一言。
「牛乳入れないの?すき焼きには牛乳だろう」
意外な提案に驚きつつ、指示通りに牛乳をきっちり50cc計る優。鍋の上から全体に回しかけると、肉や焼き豆腐が白濁したスープに包まれた。祖父は生卵をしたたらせながら大きな肉を口に入れ、満面の笑みで「うまい」と一言。牛乳がコクを出すので、必要以上に醤油や砂糖を入れずにすむのだと誇らしげに述べる。「これが和田家のすき焼きだ」。
続いて、父も肉を頬張るとそのおいしさに目を剥き、ミルク入りのすき焼きについて饒舌に分析し始める。
「普通のすき焼きは最初あっさりで、だんだん煮詰まってきて最後の方にこってりとした味わいになるけど、そのこってりが最初からある感じだ」。
この言葉を聞いた祖父は「幼稚だ、安易だ」とかみつく。「牛の乳だよ。ちょっと考えれば合わないわけがないのだよ」。
優は、そんな自己主張の強い二人のやりとりをさらりと受け止め、もくもくと牛乳と割り下の濃厚なハーモニーを堪能している。穏やかで争いを好まない優が、和田家の食卓の緩衝材として機能し始めた。
テレビマンの父は帰宅が遅く、家族揃って食卓を囲めるのは朝である。朝の光を浴びながら、キッチンで優が立ち働く光景が一家に定着していく。ごはんと味噌汁、ゆずおろしポン酢がけのぶりの塩焼き、ブロッコリーのかつお節とチーズ和え。栄養バランスもボリュームも完璧な和定食を、男たちは前のめりでもぐもぐと口に運び続ける。
さて、父が仕事で大勝負をかけることになったある日のこと。祖父から優に命が下った。
「朝ごはんはカツにしてくれよ。今日は和田家の関ヶ原だ。勝たねばならない」。
優は冷蔵庫にハムのブロックを見つけ、1cmほどの厚さに切る。同じサイズのバットを並べ、小麦粉、卵、パン粉の順に手早く衣をつけていく。たっぷりの油の中で衣をまとったハムがジュワジュワと音を立てる。まん丸で分厚い揚げたてのハムカツが2枚、千切りキャベツの上にのせられた。
祖父を真ん中にして、両側に父と優が座る。この三角形が男たちの定位置だ。がつがつとひたすらハムカツを攻略していく3人。家族への応援歌のようにハムカツを咀嚼する音が、ダイニング中に響くのだった。
――毎日規則正しく同じ時間に朝食を作る。夜食のおつまみや作り置きのお惣菜を工夫し、時には会社へお弁当を届ける。優の料理はコミュニケーションを生み、家族を結びつける。気負わず自然体で、常に台所に立ち続ける姿に、自意識の尖った祖父も父も癒されていく。
きちんとごはんを作り、おいしいと口にしながら食べ、会話を重ねる普通の日々がいかに素敵なことか。そんな普遍的な食卓の価値に気づかせてくれるドラマなのである。
文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ