世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
忘れられないトルコの「キョフテ」|世界の挽き肉②

忘れられないトルコの「キョフテ」|世界の挽き肉②

2022年2月号のテーマは「挽き肉が主役」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、世界中を旅した中で、特に中東諸国は挽き肉料理が盛んだった印象があるといいます。その中でも忘れられない挽き肉料理とは――。

驚くほど親切なオールバック兄ちゃん

挽き肉料理はどの地域にもあるが、なかでもアジア、とりわけ中東のイメージが強い。
キョフテ、コフタ、ケフタ、国によって微妙に名前は変わるが、どれも早い話が羊肉、あるいは牛肉のつくねだ。これをさんざん食べた。
なかでもトルコのキョフテが忘れられない。
自転車世界一周の旅の最後はロンドンから日本を目指して走っていた。
陸伝いに移動する旅でとりわけ心躍る瞬間は越境だ。国境を越えた途端、町も人も言葉も雰囲気もガラリと変わる。さらに大陸が変わると、世界そのものが一変する。その瞬間の興奮といったらない。世界を自由に泳いでいることを実感し、好奇心と歓喜の渦に呑まれていく。
トルコは二つの世界にまたがる国で、国土の約3%がヨーロッパ、残りの約97%がアジアだ。
ギリシャからトルコに入り、ヨーロッパ側を3日走るとボスポラス海峡に着いた。海峡にかかる橋は自転車では走れないのでフェリーに乗り、対岸に渡る。日本を出てまる5年、ようやくアジアに入ったのだ。

同じトルコ内なので、ヨーロッパからアフリカに渡った時のような劇的な変化はなかったが、アジア側に入ると心なしか田舎っぽくなったように感じられた。
しばらく行くと海が見えてきた。海沿いの崖にへばりつくように道が走っている。
夕暮れ時、海を見下ろすホテルが現れた。部屋からはどんな景色が見えるのだろう。
冷やかし半分でフロントに行き、料金を聞くと一泊30米ドルだという。トルコの田舎の物価を考えるとちょっと高い。
丁重に断り、外に出た。

ホテルの隣に、途中で建設をやめ、そのまま廃墟になったような朽ちた集合住宅があった。ホテルの社員寮として建てていたのだろうか。
フロントにとって返し、隣の廃墟で一晩泊まらせてもらえないかと頼んでみると、髪をオールバックにした兄ちゃんは「あの廃墟はうちとは関係ないです」と言った。どうやら建設中に資金のトラブルか何かで遺棄されたホテルのようだ。
「......勝手に入って泊まっても大丈夫ですかね?」
「誰も気にしませんよ」
実際のところ、彼は英語が片言だったので、ジェスチャーを交えながらのたどたどしい会話だったのだが、おおよそ上のようなやりとりをした。

廃墟に入ると、崖側の壁がつけられておらず、海が大パノラマで見渡せた。風が吹き抜けて寒いことを除けば、最高の宿じゃないか。
上機嫌で日記をつけていると、さっきのオールバックの兄ちゃんがやってきて手招きした。なんだろう。不安を覚えつつ、彼に付いていくと、ホテルに入り、部屋の中へと招かれた。えっ、まさか。
「どうぞここに泊まってください。お金は要らないです。ボスがそう言っています」といった意味のことを、彼は片言の英語で言った。
言葉を失った。状況的に彼がボスに頼んだとしか考えられなかったが、とくに彼と親しく話をしたわけではないし、ボスにいたっては僕を見てもいないのだ(余談だが、トルコは親日といわれており、それがどの程度関係しているのかはわからないが、このあともあちこちで信じられないくらいよくしてもらった)。
オールバックの兄ちゃんは荷物を運ぶのまで手伝ってくれた。彼が部屋から出ていくと、なんだか魂を抜かれたようにぼんやりし、それからシャワーを浴びて部屋でくつろいだ。さすがにオーシャンビューとはいかなかったが、部屋は広く、調度にも品がある。こんなにきちんとしたホテルに泊まるのは何年ぶりだろう。

ノックが鳴った。「イエス」と返事をすると、「ドアを開けてくれ」と言う声。さっきの兄ちゃんのようだ。心にかすかな影が差した。もしかしたら、さっきは彼の片言の英語をこっちに都合よく解釈しただけで、彼の意図とは違ったんじゃないか。よくよく考えると、こんなうまい話があるわけない。
なんだかんだいって結局お金を請求しにきたんじゃないだろうか。浮かない思いでドアを開けると、兄ちゃんはニコニコ笑い、料理をのせたトレイを持って立っていた。えっ......と呆気にとられた僕の手に、彼はトレイを渡し、さっさと行ってしまった。お礼を言う間もなかった。
トレイをテーブルに置き、料理を見つめた。つくね焼きをメインに、付け合わせにフライドポテトとご飯、別の皿にトマトと玉ねぎを細かく刻んだサラダ、籠に山盛りのパン、それに瓶入りのファンタにミネラルウォーターまで......。

ご飯はこれまでヨーロッパで主流だったインディカ米とは違い、見た目は短粒種米のようだった。実際、食べてみるともっちりした粘り気があった。
つくね焼きは、大きさと形はミートローフのようだが、ソースがかかっておらず、食べてみると羊肉だ。ハンバーグのような柔らかさやジューシーさはなく、弾力と肉感のほうが勝っていて、やはり「つくね焼き」といったほうがしっくりくる。味付けは塩胡椒だけのようだが、クミンなどのスパイスやハーブの香りが羊肉のコクと混じり合い、奥行きのある旨さが広がっていく。無料で泊めてくれただけでもありがたいのに、そのうえなんだか平伏したくなるような上等な料理だった。アジアに入った、僕にとってとても大事な記念日に、こんなもてなしを受けたのだ。

翌朝、フロントに行くと、オールバックの兄ちゃんはいなかったが、別の男性が僕を見て微笑んだ。ちゃんと引き継がれていたようだ。
彼にももう一度丁重に礼を述べ、出発する。
目の前に広がる大地のすぐ上に、太陽が浮かんでいた。白い光を全身に浴びながら、このまま朝日に向かって走れば日本に着くんだな、と思った(このあとさらに2年以上かかるのだけれど......)。

文・写真:石田ゆうすけ 

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。