シネマとドラマのおいしい小噺
縁結びに、ひたひたのコロッケそばを|ドラマ『お耳に合いましたら。』

縁結びに、ひたひたのコロッケそばを|ドラマ『お耳に合いましたら。』

映画やドラマで強く印象を残す「あのメニュー」を深堀りする連載、第十回目。昨年放映されていた日本の深夜ドラマから、出汁の香りただよう一杯をお届けします。

主人公は、食品会社に勤める美園(伊藤万理華)。まっすぐすぎるがゆえに不器用で、気持ちを伝えるのが苦手な女子である。

チェーン店グルメ、略して"チェンメシ"。そのチェンメシとラジオをこよなく愛する美園は、ポッドキャストでチェンメシ愛を語る番組を配信し始める。いつでもどこでも手に入れられ、誰に対してもオープンに開かれた平等なグルメ。溢れる想いを語り出した途端、心のスイッチが切り替わり饒舌になる。

ある日のテーマは「富士そば」(第3話)。マイクの前に置いたテイクアウト丼の蓋を開け、思い切り息を吸い込む美園。閉じ込められていたそばの香りが部屋いっぱいに広がる。脳内に富士そばの店内が再現され、湯切りの音、かつお出汁の香り、カウンターに並べられた天ぷらの彩りが美園を包む。

「富士そばのカウンターは少し敷居が高くて、いつか私も、って思う大人っぽさの象徴でした」

そう切り出した美園は、チェンメシの力を借りて勇気を奮ったエピソードを語る。

――ひとり暮らしのアパートで、隣の部屋から響くインド音楽の調べ。その音色を聴きながら、隣人はステキな人に違いないと妄想を膨らませていた。壁一枚なのに挨拶も交わせない関係にもやもやが募り、とうとう隣家の玄関のインターホンを押す。手に提げたビニール袋の中には「富士そば」がふたつ。

「ごはん食べましたか?」。緊張しながら引っ越しそばを差し出す美園。突然のことに戸惑う隣人の紗江子(濱田マリ)だが、美園が「コロッケそば」と口にするやいなや目を輝かせた。

「コロッケ!さすがわかってるやん。汁につかったグズグズのやつ最高やんな!」

コロッケが紗江子の味覚を刺激し、二人の心が響き合う。気づけばエスニックな雰囲気が漂う紗江子の部屋で、美園はちゃぶ台に正座していた。そして紗江子のチャーミングな人柄に触れ、一緒にそばをすする幸せに浸るのだった。

――そんな光景を思い出しながら、ポッドキャストのマイクの前で再びコロッケそばを見つめる美園。お出汁の色は濃く澄んでいて、そばの上には白いネギとわかめがバランスよく載っている。丼の半分ほどの面積に、堂々と鎮座する楕円形のコロッケ。上から箸でそっと押さえると、衣にじゅわっとつゆがしみ込む。柔らかくなったコロッケを、少し箸で割ってみる。れんげをそっと下に潜らせ、目を閉じて味わいを堪能する美園。

「ああ、鼻に抜けるお出汁がたまりません」

衣からほぐれた油で、汁にコクが出ている。恍惚となって全身でそばを味わう美園の幸せが、マイクを通じてリスナーに届く。出汁を吸ってゆるんだコロッケと麺を口の中に入れると、壁の向こうで番組を聴いていた紗江子のシタールの音色が、くねくねとそばに絡む。最高のBGMだ。

コメディのようでいて、ドラマ全編を通じ美園が誰かと一緒にチェンメシ食べるシーンに胸を打たれてしまう。例えば、ずっと会えなかった親友と再会を果たし、一緒に食べるフレンチフライのトリュフ塩の香り。うまくいかない仕事に悶々と悩みながら、先輩と食べるバーガーのこってり甘い味。

人に語りたくなるほどの強烈な味の記憶は、誰かとともに分け合った思い出に支えられている。そして大好きなものへの想いを一生懸命に伝えようとする美園を、周囲の人たちも応援せずにいられなくなる。チェンメシ愛とともに、人との関係はさらに濃く深く結ばれていく。日常のごはんを大切にする美園にナビゲートされ、観ている方も幸福な気持ちになるドラマである。

おいしい余談~著者より~
この回を見たら、たまらなくコロッケそばが食べたくなり、一目散に富士そばへ。他にも餃子、ハンバーグ、たこ焼き、寿司など、美園の愛が詰まったチェンメシが次々と登場。ドラマを観て食べたくなったら、すぐに実現できるのがチェンメシの魅力。そういう意味では安心して浸れるドラマです。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。