編集長・植野が2021年に“印象に残った10皿”
高知の"ちくきゅう"

高知の"ちくきゅう"

ちくわにきゅうりを詰めてカットした“ちくわきゅうり”をつくるとき、きゅうりはどうしていますか?縦四つ割りくらいに切ってから入れますよね?しかし、高知では、切らずに一本そのまま入れるんです……。

四皿目 高知の“ちくきゅう”

僕は「土佐のおきゃく大使」を務めています。実は高知は縁もゆかりもなかったのですが、人と食と酒が楽し過ぎて何度も訪れているうちに、おきゃく大使を仰せ付かった次第です。「おきゃく」というのは「宴会」のことなので、いわば「宴会部長」ですね……。

高知では人が集まるとすぐに「おきゃくしよう!」ということになります。カツオのたたきをはじめ、さまざまな料理が盛り込まれた皿鉢(さわち)料理をつまみ、お座敷遊びをしながら、酒を酌み交わす“献杯”“返杯”を繰り返すのが一般的です(コロナ禍の今は献杯・返杯ができなくなりましたが……)。
と書くと、大酒飲みの集まりを想像されるかもしませんが、実はみんなが楽しめるのがおきゃくのいいところ。皿鉢料理には酒のつまみだけでなく、唐揚げや果物や羊羹なども盛り込まれていますし、お座敷遊びで負けた人が酒を飲まされることもあるのですが、お酒が弱い人に当たってしまったときには、酒を少しだけ注いだり、周りの酒豪が代わりに飲むなどの気遣いがあります。それに、仕出しで皿鉢料理を用意すれば女性が台所でずっと料理をつくる必要もありません。「皿鉢と座布団があればみんなが参加できる」と言われる全員参加型の宴会スタイルなのです。

ちくきゅう
ちくきゅう

前置きが長くなりましたが、おきゃくでは皿鉢料理だけでなく、いろいろなつまみが出ます。その一つが“ちくきゅう”。ちくわにきゅうりを詰めたものです。
ちくきゅうはみなさん食べたりつくったことがあると思いますが、ふつうは、きゅうりを縦に四つ割り程度にしてちくわに詰めて切りますよね?しかし、高知ではきゅうりを切らずにまるごとちくわの中に詰めます。結果、写真のようなぱんぱん(?)のちくきゅうができるのです。高知のちくわは穴が大きくて伸びやすいので、きゅうりをまるごと入れても大丈夫なのです(東京などで売っている通常のちくわでやると破けます……)。
見た目が面白いだけでなく、つまみとして旨い。高知のちくわは旨味が深く、きゅうりも瑞々しくて味が濃いので、このくらいの比率が美味しいのです(これだけでも旨いのですが、七味をふったマヨネーズをつけるとさらに酒が進む……)。
高知以外の人が初めて見ると驚くのですが、高知の人は一般的なちくきゅうを見ると「きゅうりを切って入れる!?」と驚きます。

もちろん、これまで高知で何度も食べましたし、高知からちくわときゅうりが届いたときには家でも高知スタイルにしています。しかし、本当に久しぶりに高知を訪れて食べたそれはひと味違いました。同じものなのに、その土地で地元の人たちと酒を飲みながらつまむ“ちくきゅう”は嬉しさと懐かしさが入り混じった、心に沁みる新たな旨さでした。

写真・文:植野広生