江戸の地酒「金婚上撰」を7合以上沸騰させ、芝海老むき身を入れて出しを引く。芝海老を取り出し、酒出しを1合強にまで煮詰め、奥久慈卵10個、天日塩3gと合わせ、銀製の玉子焼き鍋 「かんてき」 で焼き上げる。
酒は東京の銘酒「金婚」1,300cc。天明年間と仮定して、1升4,000円弱で3,000円。精力剤的に珍重されていた鶏卵は1個400円として4,000円。江戸前で大量に獲れた芝海老は500円くらいか。江戸の物価換算では、素材だけで7,500円にもなる。
玉子焼き鍋は重さ3kg以上の銀製「かんてき」。銀1g70円として銀地金210,000円。熱伝導が非常に良い銀の道具は高価だが、料理の出来が違う!
素材原価率を3分の1として、店の品書きは1本22,500円の卵焼きになる勘定だ。
江戸では大量の酒が飲まれていた。その多くは上方(灘など)から船で運ばれる下り酒。江戸の地酒といえる酒を初めて醸造したのが、神田鎌倉河岸に店を構えた豊島屋だ。その豊島屋が明治天皇の銀婚式をお祝いする願いを込めて命名した酒が、玉子焼きに使う「金婚」。まさに江戸を代表する酒が調味料となる贅沢な玉子焼き。
鶏卵は滋味豊かな餌(海藻・魚粉・牧草成分など)で育つ奥久慈卵。茨城県の山奥の鶏舎では奥久慈の地中から湧き出る天然水が使われ、元気な鶏から生まれる卵の栄養価は抜群!ビタミンEは一般的卵の約7倍、ビタミンDも約5倍と優れている。
江戸料理に魅せられた海原大が再現した酒だし玉子焼き。江戸の文献をひもとき、伝統技法を忠実に再現している。
金婚上撰を10分ほど沸騰させ、芝海老を投入。弱火で3分煮て芝海老の味と香りを引き出す。芝海老そのものは使わない。出しを20分ほど煮詰め、芝海老と金婚上撰の味と香りが凝縮した200ccの調理料にする。
冷めた酒出しと鶏卵をよく混ぜたら、腕がものをいう焼き工程。江戸料理の大家、元「なべ家」の福田浩氏から譲り受けた「銀製のかんてき」を操り、「卵液を注いでは煽る」を30回ほど繰り返し、香ばしく焼き上げる。重さ3kgのかんてきは海原の腕を激しく消耗させるから、1日に焼けるのは3本のみ。焦げ目が美しく入った、いわゆる「とら焼き」。
一口食べれば、金婚上撰と芝海老の香りが広がり、酒が恋しくなる味だ。
文:(株)食文化 萩原章史