世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
心温まる台湾の手料理|世界の家中華③

心温まる台湾の手料理|世界の家中華③

2022年1月号のテーマは「新しい家中華」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、台湾でグルメ旅をしていた時に、とある民宿に泊まることになりました。そこで巡り合った優しい風景とは――。

驚くほど親切な台湾のおかみさん

「台湾一の感動メシを探す」というテーマを掲げ、自転車で台湾を一周し、腹を減らしながら食べに食べたのだが、心に残ったのは店の料理ばかりではなかった。

南端に近い町、潮州を出ると、パイナップル畑が一面に広がった。アメリカの農園のようにどこまでも続いている。
台湾というと、狭い国土にビルや工場が立ち並んでいるイメージがあったが、こうして自転車で走ってみると全然違う。いたるところ地平線の広がる広大な農地だ。

夕暮れ時、海沿いの小さな町で「民宿」という看板を見つけ、ドアを叩いた。
宿主は可愛い感じのおばさんだった。一泊の料金を聞くと「まあ部屋を見て」とニコニコ笑いながら僕をコテージに案内する。建物は立派だが、部屋にはなぜか窓がひとつもなかった。おばさんは「いい部屋でしょ」とニッと笑う。料金を聞くと1泊800台湾ドル。日本円で約2400円だ。
「すみません。予算が500台湾ドルなので」と言うと、おばさんは「わかった。じゃ、こっち来て」と言い、母屋の2階の部屋に僕を連れていった。二方向に窓があり、海がドーンと見える。断然こっちのほうがいいではないか。おばさんは「ここなら600でいいわ」とニッと笑う。よくわからない値段設定だ。さっきは独立棟だったから高かったのだろうか。
ともあれこの景色で600台湾ドルなら安いし、おばさんも始終ニコニコしていて感じがいい。決まりだ。

自転車から荷物を外し、再び部屋に入ると、中年女性がベッドメイキングをしていた。肌が浅黒い。ニーハオと声をかけると、同じ言葉を返してきたが、発音が変だ。英語で話しかけてみると、彼女はホッとしたように英語で返してきた。フィリピンから出稼ぎに来たらしい。こっちに来て1ヵ月。故郷の3人の子供のために女中として2年間住み込みで働くという。英語で話せるのが嬉しいのか、彼女は自らいろいろ語った。そこへ宿主のおばさんが入ってきた。女中さんはベッドメイキングを終えると部屋を出ていった。なんだかひどく疲れた様子だった。

シャワーを浴びて服を着替え、散歩に出ると、さっきの女中さんが庭にいる。えっ?と足がとまった。肩を震わせて泣いていたのだ。ふいに宿主のおばさんの明るい笑顔が脳裏をよぎった。台湾人は概して驚くほど親切だが、もしかしたら自分の従業員に対しては、あるいは出稼ぎ労働者に対しては人が変わるのだろうか?
僕の想像がそこまで飛躍したのは、特にアジアやアフリカで「主」と「従」の厳しい関係を多く見てきたからだった。

「どうしたの?」と聞いてみた。女中さんは携帯電話とカードを僕に見せ、「何度かけても子供たちにつながらないの」と泣き濡れた目で言う。カードはスクラッチして出てきた番号を入れると格安で国際電話をかけられるプリペイドカードだ。僕も1枚持っている。まだいくらか残っているはずだ。それを取り出して彼女に渡し、「これでもう一度かけてみなよ」と言った。
彼女は礼を述べ、僕のカードでかけ始めた。ところがやはりつながらないのだ。彼女の携帯に問題があるのかもしれない。

彼女を宿主のおばさんのところに連れていき、事情を話した。するとおばさんはいたわるような目つきになり、自分の携帯を取り出した。僕が「これでかけて」と自分のカードを渡すと、宿のおばさんは「いいからいいから」と笑顔で制し、女中さんに「これでそのままかけなさい」と自分の携帯を渡した。そのままフィリピンにかけたらとんでもない額になる。そう思ったが、宿のおばさんは意に介していないようだった。
電話はつながった。女中さんはホッとしたようにタガログ語で話し始めた。僕も宿のおばさんも顔を見合わせ、微笑んだ。

宿のおばさんは友人のおばさんと家で夕飯を食べていた。「近くに食堂はありますか?」と聞くと、おばさんは「ここで食べていきなさいよ」と言う。え、でも邪魔しちゃ悪いような......と躊躇すると、おばさんは「タダだよ、あっはっは」と笑う。そういうことじゃないんだけど、と思ったが、おばさんの明るさに引き込まれ、彼女たちの食卓に交じった。

太刀魚のソテー、付け合わせになぜかゆで卵、白身魚の姿揚げ、台湾腸詰を炒めたもの、キャベツの醤油炒め、小松菜のような青菜の炒めもの、セリのような野菜の天ぷら......女性2人の食事とは思えない品数なのだ。中華圏の習慣といえばそれまでだけれど、相手に喜んでもらおうと一品一品つくるおばさんのニコニコした顔を思った。テレビから流れるドラマの声まで優しく聞こえた。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。