「酒を出せない酒場たち」~いつかまた、あの店で呑もう!~
休業明けに、みんなすごく嬉しそうに飲んでいて。酒場って、特別な場所であるんだなと改めて思いました──国分寺「燗酒屋がらーじ」

休業明けに、みんなすごく嬉しそうに飲んでいて。酒場って、特別な場所であるんだなと改めて思いました──国分寺「燗酒屋がらーじ」

燗酒の旨さと愉しさを、多彩な酒肴で堪能させてくれる、国分寺「燗酒屋がらーじ」。日本酒好きから愛されるこの酒場も、酒を提供できずに歯痒い日々を送ってきた──かつてない苦境に立たされる酒場の人たちは、どのような思いでこの日々を乗り越えてきたのか。さまざまな店への取材を通して、「酒場の良さってなんだろう?」とじっくり考えていくルポルタージュ連載。第十回は、酒を出せない日々に挑んだ新たな取り組みと、それでも拭えない酒場としてのジレンマに迫ります。

長らく続いた緊急事態宣言も、9月末をもって、解除となりました。酒場が酒を出せないという最悪の事態はひとまず終わった。けれど、すっかり安心できる状況ともいい難い。東京都をはじめ一部地域では、宣言解除後も、飲食店には酒類提供時間の制限と時短営業が引き続き要請されています。

もとより、酒が出せるようになったとしても、以前とまったく変わらぬ酒場の営業が成り立つのか。それとも何かが変わるのか。店と客との距離感は、どうなるのか。昨年末に始まった第三波の記憶も消え去らない中で、今、新たな日常が始まろうとしています。

酒を出せない酒場を訪ねるシリーズも今回で十回目。従来の和食に限定されない自由な発想の料理に、しっかりした造りの日本酒の燗を合わせるという、独自の提案で人気の店「燗酒屋がらーじ」をお訪ねいたします。伺ったのは、緊急事態宣言中の9月11日のことです。

外観

カレー目当てに、新規のお客さんが来るのは驚きでした

JR中央線国分寺駅北口から徒歩5分。細い道の先はもう住宅街という街の切れ目のような場所に、この、小さな店はあります。

魚介中心のあっさりとした味わいの和食に、さらりとした口当たりの香り高い酒を合わせる……。それだけでは、まったく物足りないと思ったのがきっかけで料理と酒の新しい組み合わせを考案したのは、店主の細尾昇平さんと、お燗番の門田美智留(みちる)さん。ふたりで切り盛りする店では、肉類や中華料理などにも燗酒を合わせるという、なかなかハイレベルな楽しみが待っています。昨年4月の緊急事態宣言発出以来、店ではどのような対応をしてきたのでしょう。

細尾「最初のときから、すぐにテイクアウトを始めたので、実は今まで一度も、完全には休んでないんですよ。焼きそばなどをテイクアウトで出す中で、通常のメニューになかったものを試してきました。ウチはもともとラーメン屋です。以前の店舗を製麺所にしているのですが、今もそこで麺をつくっていて、それをテイクアウトにしたりしました。これまでは、ウチから直接お客さんにお分けしてきましたが、今後は第三者を通じての販売もしていく予定です。酒場以外のもう一本の柱とも言えますが、もともとやりたかったことでもある。コロナで通常の営業を休んだから時間ができて、手をつけることができました」

店主
店主の細尾昇平さん。2005年、洋酒や日本酒も提供するラーメン店「麺屋がらーじ」を国分寺にて開店。燗酒の魅力にはまり、14年には同じく国分寺に居酒屋「燗酒屋がらーじ」をオープンした。19年3月にラーメン店は閉業し、居酒屋の経営に注力している。

細尾「この7月からは、美智留ちゃんのつくるカレーでランチ営業もやってきました。通常営業のときも、おつまみカレーは人気メニューですが、美智留ちゃんから提案があったのでランチでやってみた。テイクアウトは通常営業のお客さんが来てくれるんですけど、カレーのランチには新規のお客さんが来ます。驚きましたよ、ランチ営業をはじめてすぐに繁盛したんです」

美智留さんが、思い切ってランチ営業をやってみようとしたのはなぜなのでしょう。

美智留「自分ができることを何かやってみたいと思いました。それと、カレーなら、お酒に関係のない人も来てくれるかなと思って。ウチは少し入りにくい感じの店だから、夜にはふらっと入れなくても昼ならちょっと入ってみて店を知るきっかけになればいいかなと思いました」

料理
カレー 三種1,200円。この日はサバレモングラスカレー、ポークカレー、冬瓜と打ち豆のスープの3種類のカレーに、蓮根のスパイスロースト、空芯菜のトーレン、平飼い地鶏卵のピクルスといった副菜が盛り付けられた。

言われてみれば当然のことで、夜は酒飲みで賑わう居酒屋のランチに、日ごろはお酒を飲まない女性客も訪れる。国分寺駅北口はオフィス街ではないけれど、お昼においしいカレーを出せば、それを目当てに客はやってくる。彼らがSNSを通じて発信する情報は、カレー好きの間でたちまち共有されるというオマケもついた模様だ。

ちょうど、おいしくなってますよ、って言うんです(笑)

しかし、ランチがうまくいき、テイクアウトを求めて常連が足を運んでも、細尾さんと美智留さんは、時間を持て余したと言います。

細尾「緊急事態宣言中も、夜8時にはテイクアウトの営業を終えます。僕は店番をしている途中から少し酒を飲み始め、店を閉めて家へ帰っても酒を飲む。自宅で飲む酒はペースが速いし、酔いますよね。だから、今、夜10時くらいには眠ってる。我が人生で、これほど酒を飲んだことはないほど、飲んでいる(笑)。最初のうちは、緊急事態宣言が終われば酒量も減るさ、なんて考えていたけど、延長、また延長でしよう?さすがにまずいと思うんですけど、午後も3時くらいになると、今日はなんの酒を飲もうかな、なんて考えていたりするんですよ(笑)」

時間が余ると余計なことを考えると言うのは、美智留さんです。

美智留「緊急事態宣言中は、私は夕方5時には帰るんですよ。普通のOLさんみたいな生活です。すると、家で、いろいろ考えちゃうんです。この先、どうしようかな、実家へ帰るのかな、とか(笑)」

お燗番の門田美智留さん
お燗番の門田美智留さん。ランチタイムのカレー屋「咖喱ガラージ」では調理も担当している。

飲食店の日常は多忙です。日ごろは、仕事を終えて家に帰っても、あれこれ考える余裕はあまりない。だからこそ、時間が余れば来し方を振り返ったり、先行きを考えたりする。それが人情というもの。細尾さんは、そんな日常となんとか折り合いを付けようとしています。

細尾「ウチで仕入れている酒は抜栓してから間をおくと熟れてきて、うまくなるタイプが多い。だから、今、いい具合に熟成して丸くなっている。そんなうまい酒を、本当は出したい。そういう部分では焦れったい思いもありますね。でもまあ、あまり極端なことを考えてもしようがないし、できることを淡々とやるしかない。先のこと、どうなるのかなと最初の頃は思いましたが、そこは考えようではあるかと。事実、暇になって考える時間ができたのはよかった面もあるんです。ウチくらいの規模だと、時短営業や酒類提供自粛に伴う協力金が支給されたうえで、ランチ、テイクアウトなどで売り上げも立てられる。そして、今までの日常ではできなかったことも試せている。店番をしている間も酒を飲んでいるだけじゃない(笑)。本を読みます。料理本も参考になるし、『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ』という本はおもしろかった。著者はオバマ政権のブレーンだった経済学者ですが、音楽業界を経済学の視点から論じています」

お品書き
緊急事態宣言中に改装し、テイクアウト専用の受け取りカウンターを増設した。

従来の日常にはなかった時間に考える。それをもとに、今後はどうしていきたいと思っているのでしょう。

細尾「時短営業のときもお客さん同士の間隔をあけて4組までに絞り、予約で席を用意してきました。必然的に以前からのお馴染みの人ばかりでした。そういう事情もあって、緊急事態宣言解除後にも、満席にして賑やかにというイメージは持っていません。ウチに来るお客さんは大きな声を出すタイプの人はもともと少なくて、むしろシャイでおとなしい。そうした、ある程度固定化したお客さんを中心にして、あとは、たとえばランチとか、自家製麺とか、そういうところで補っていく。イチゲンさんを拒絶するわけではないんですけれどね」

こう考えられるのも、「燗酒屋がらーじ」ファンがしっかり根付いているからこそでしょう。6月下旬に酒類提供自粛要請が解除されたときのことを、細尾さんはこう振り返ります。

細尾「みんなすごく嬉しそうに飲んでいて、やっぱり酒っていいなと思いました。酒場って、そういう特別な場所であるんだなって、改めて思った。酒場に行くことが日常から失われていたから、この日が来るのを本当に楽しみにしていましたよ!なんて言ってもらって。自分の店が、そういうふうに思われることは、感動的でした

食器
額絵
酒瓶
酒のポスター
立て看板
ドリンクメニューコメント

美智留さんもこう言います。

美智留「休業明けに戻って来てくれたお客さんたちの好きな酒は、だいたいわかるんです。だから、まずそれを出してあげると、みなさん、すごく喜んでくれるんですよね」

自分の好きな酒をスッと出されたら、酒好きなら誰でも、ちょっとした感動を催す。

美智留ちょうど、おいしくなってますよ、って言うんです(笑)」

これですね。こんな会話があれば、2、3ヶ月のご無沙汰くらい平気で乗り越えられる。では、10月に酒の提供ができるようになったら、どんなふうにお客さんを迎えたいか。美智留さんはこう答えました。

門田美智留さん

美智留「これまでより、ちょっとやさしい気持ちでお迎えします(笑)。蔵の特徴やお酒のおいしさをしっかり伝えて、お客さんにおいしいと思ってもらい、やっぱり店で飲むと酒の味わいも違うねということを感じてもらいたい。飲食店で出さないと美味しさが伝わりづらいお酒もあるので

酒瓶

つまり、言葉が要るのだ。酒の味をよく知る人の言葉が、酒をよりおいしくさせる。たとえば店でも出している、鳥取「梅津酒造」の“梅津の生もと 笊(ざる)にごり”のような、濃厚でヨーグルトにも似た酸味が特徴のにごり酒ならどうだろう。細尾さんが後を引き受けてくれました。

細尾「特殊なワインに近い感じです。だからこそ、食べ物を合わせるのがおもしろい。くっつけ甲斐があると言いますか。酒自体にものすごい爆発力があるので、食べ物を合わせたときに、こりゃすごいなっていう味をつくれる。そういう意味でプロ向けではあるのです。僕なら、そうですね。少し血の味のする鴨肉なんか、最高に合うと思う」

店主

酸味の強い白濁した酒に、噛むほどに味のひろがる鴨肉……。細尾さんのひと言を聞いただけで、呑み助ならばもう、飲みたくて飲みたくて、我慢ならんという気分になってくる。でもそれは細尾さんも同じで、酒と、それに合う料理の調和を、実は語りたくて仕方がない。

それは美智留さんも同じらしく、酒を出せないこの時期の思いを、こう締めくくってくれました。

美智留「なかなか歯痒いですよね。これだけ(店内に)酒が並んでいて、どんどんおいしくなっていて、さらに蔵からはどんどんリリースされてくるのに、それを出せないっていうのは」

酒と、その造り手に対する思いの強さこそ、店で飲む酒をいっそうおいしくする魔法なのかもしれません。

本稿がアップされる頃、酒の提供は解禁されている。よく熟成した銘酒の数々を、こよなく酒を愛するふたりが待ち構える「燗酒屋がらーじ」のカウンターにて、じっくりと楽しみたいものでございます。

店主と門田美智留さん

*当面は、ランチタイムの「咖喱ガラージ」は木曜~日曜のみ。「燗酒屋がらーじ」は水曜~日曜の営業。営業時間の詳細など、最新の情報はTwtter(https://twitter.com/garaaji)ほかSNSにて確認を。

店舗情報店舗情報

燗酒屋がらーじ
  • 【住所】東京都国分寺市本町3‐8‐14
  • 【電話番号】042‐329‐8081
  • 【営業時間】18:00~22:00(L.O.) 土曜 日曜 祝日13:00~21:00(L.O.)
  • 【定休日】月曜
  • 【アクセス】JRほか「国分寺駅」より徒歩3分

文:大竹聡 写真:衛藤キヨコ

大竹 聡

大竹 聡 (ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)など多数。近著に『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)が刊行。