秋に見かけるようになるため、秋太郎という愛称で呼ばれるその怪魚とは?グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
単にカジキといえばマカジキ科の魚の総称を意味し、日本近海にはマカジキ、クロカジキ、シロカジキ、バショウカジキなどが見られる。切り身でよく見かけるメカジキはメカジキ科であって別の仲間になる。
カジキの最大の特長は上顎が著しく長く伸び、その先端が鋭くとがっていることだ。この上顎を振り回して小魚を殴打して弱らせてからエサにするという。漁師たちにとってもこれが危ない。なにしろ上顎を使って梶木(船底を支える棚板)を貫いてしまうことから「カジキ」と名付けられたほどなのだ。そのためカジキを捕獲して船上に上げるとまず上顎をノコギリで切断する。
カジキ類はいずれも大きく、クロカジキは全長4.5mにも達する。バショウカジキはやや小型だが、それでも全長3.5mほどになる。大きくて長い背ビレを持ち、その形が植物の芭蕉の葉に似ていることからその名がある。鮮やかな紫青色の背ビレを大きく張って泳ぐ姿は実に美しい。
バショウカジキはほかのカジキと同様に外洋を回遊するため多くは延縄漁で漁獲されるが、沿岸に寄る習性もあって定置網漁や突きん棒漁、流し刺し網漁法などでも漁獲される。突きん棒漁は銛で突いて仕留める勇壮な伝統漁法だ。流し刺し網漁法は鹿児島県で行われており、風上から風下に向かって投網して漁船を流しながらバショウカジキが網に刺さるのを待つ。この大型魚が鹿児島近海に来るのは9~10月。だからここでは「秋太郎」の愛称で呼ばれている。
バショウカジキは日本沿岸で比較的よく水揚げされているので、産地の魚屋に行けばバショウカジキが並んでいることがある。新鮮なものはとてもおいしく刺身や塩焼き、照り焼きなど使い勝手もいい。よく締まった身は弾力があり、歯にしっとりとなじんでくる。脂肪分が少なくしつこさがまったくない。それでいて控えめにうまさを主張してくる。淡泊な魚好きにはたまらないだろう。なお、ほかの多くの魚は脂ののる腹身が美味とされるが、カジキ類は背身がうまい。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏