松尾貴史さんが学生の頃から通い続けている銀座の老舗カレー店「ナイルレストラン」。若かりし松尾さんが長期休みのたびに楽しみにしていた贅沢カレーの思い出と、店主のユニークな趣味にせまります。
大学生の頃、夏休みや冬休みに入ると、西宮の実家から「東京でデザインの勉強をしてくる」という口実で上京し、東京の大学に通っていた従兄の下宿に転がり込んで長逗留していた。本当の目的は、飲み食いだった。もちろん関西でも美味いものに事欠くことはないが、東京にしかないものをここぞとばかりに食べたり飲んだりしていたのだ。とは言っても、インターネットやスマートフォンがない時代の学生の情報網などたかが知れているし、貧乏だったので高級な料理に近寄ることもなかったが。
そんな中で、私にとっては贅沢なメニューのひとつが、銀座「ナイルレストラン」のムルギーランチだった。皿を置かれた途端に、鶏肉の骨を手品のように取り除いてくれたかと思うと、「混ぜて!混ぜて!よく混ぜて!」と催促される。それだけで、東京というところは変わった街だと思ってしまったけれども。それ以来、40年通い続けることになるとは思わなかった。
ここのご主人は3代目で、NHK「今日の料理」の講師でもお馴染みのナイル善己さんで、2年ほど前に2代目でありお父様のG.M.ナイルさんから継いだそうだ。2代目は現在、ひと月に善己さんが休む3、4日しか出勤していないとのことだが、たまたま店の前を通りかかったらいつに変わらぬ元気な声と早口で話しかけてくださった。
「警察が趣味」というユニークな方で、警察学校の講師も勤めている。お誕生日に千葉県館山の自宅にお邪魔した時には、8千坪の敷地内に、無人の交番(風)のスポットまで造り付けてあることに驚いた。清元やウイスキーの収集など多彩な趣味をお持ちで、今回は私に「役者やりたい。セリフを正確に言わされるのは難しいけど」と面白い野望を明かしてくださった。是非、勇姿を拝見したいものだ。
歌舞伎座が近いこともあり、私も知己の咖哩好きな歌舞伎俳優が多数訪れ、何度も遭遇している。大都会の成長を定点観測し続ける歴史あるカレーには、これからも世話になり続けるのだろうなあ。
文・写真:松尾貴史