世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
海外の人は日本蕎麦どう評価する?|世界のソバ 後編

海外の人は日本蕎麦どう評価する?|世界のソバ 後編

2021年9月号の第二特集テーマは「蕎麦は夏。」です。世界を自転車で一周した旅行作家の石田ゆうすけさん曰く、世界にはバリエーション豊かな蕎麦料理があるとのこと。その日本とは違う蕎麦の扱い方とは――。

オラが国の蕎麦自慢

前回は世界の「ソバの麺」について書いたが、今回は"麺しばり"を解き、ソバを使った料理全般を紹介したい。

ソバを世界で最も多く産し、最も多く食べている国はロシアだ。「カーシャ」と呼ばれる料理がある。ソバの実をそのまま炊いて、ご飯やお粥のようにしたものだ。カーシャは「お粥」という意味だそうで、米やキビのカーシャもあるようだが、ソバが最も人気で、日々のご飯のように食べられる家庭料理らしい。
らしい、というのは、僕はロシアには行っておらず、自分の目や肌で確認したわけではないからだ。
ただ、ロシアに近い東欧でも同じく、ソバのご飯はカーシャと呼ばれ、よく食べられている。チェコの友人夫婦の家に泊まったときは、ソバのご飯に粉チーズがたっぷりかかって出てきた。ソバと粉チーズの組み合わせというのは、僕にはかなり違和感があり、一皿食べても慣れなかった。もっとも、彼らの子供たちもあまり好きではないのか、だいぶ残していた。

ヨーロッパで有名なソバ料理といえば、フランスの「ガレット」か。小麦が育ちにくい北西部ブルターニュ地方の料理で、ソバ粉のクレープに卵やチーズやハムをのせ、四角に折りたたんだ料理だ。あれはあれで旨いが、「これってソバでなければならないのかな?」とちょっと思ってしまった。食べ続ければ印象は変わるかもしれないが。

ネパールにはソバ粉を練った蕎麦がきのような「ディード」という料理があり、カレー味のおかずにつけて食べる。蕎麦がき状だからそれ自体に甘味があり、カレー料理とも意外と合う。もっとも、このディードもやはり山間部の料理で、都市部では見かけなかった(あるところにはあるかもしれないが)。

こうして見てくると、ソバの料理は、小麦の栽培に向かない寒冷地や山間部など、ソバの産地に集中し、それ以外の場所では盛んに食べられるものではないような気がする。小麦からできた食品が世界中に広がり、小麦の産地以外でも食べられているのとは対照的だ。どことなく、ソバは小麦がとれない代わり、つまり小麦の代用品、といった面があるように思える。少々乱暴なことをいえば、前編に書いた韓国の冷麺やイタリアのソバのパスタ、またフランスのガレットにしても、必ずしもソバでなければならないわけではなく、代わりに小麦を使ってもなんとかなるんじゃないだろうか。もっとも、文化とはそういった合理性とは相反する概念だし、何よりこの"暴論"は日本蕎麦を立てるためにあえて極端なことを書いているわけなのだけれど、はたしてその日本蕎麦。これはもうソバじゃなければ話にならない。ソバが入らなければそもそも蕎麦じゃない。三七、二八、十割、とソバ粉の割合が増えるにつれ、ありがたみも増すのだから、ソバにとってはこれほど自尊心がくすぐられる料理もない。
この日本蕎麦のように、ソバの産地以外でも広く全国で食べられ、またグルメにももてはやされるソバの料理というのは、世界から見れば珍しいんじゃないだろうか。
勝手な思い込みをさらに書けば、ソバのあの個性は、他国では「クセ」や「雑味」であったり、「田舎っぽさ」であったりと、万人に喜ばれるものではないのではないか。ソバを日常的に食べるロシアの周辺国でも、ソバは素朴な家庭料理で、地味で、みんなを笑顔にするハレの食事、という感じではなかったように思えた。
そういったソバの垢抜けない個性を、洗練された都会的な風味へと昇華させたのが、香りと旨味を引き出す高度な麺の製法であり、そしてその技術はおそらく、鰹節と醤油という日本独自のつゆがあったからこそ、互いに歩調を合わせ、磨かれていったのではないか。穀物のソバと日本のつゆの邂逅は、いわば食の奇跡だったのだ――などと結局オラが国自慢になってしまうのだった。

と、ここまで書いたあと、日本在住のロシア人男性に会って話を聞く機会があった。
相当な日本びいきで、日本人女性と結婚して帰化し、20年間ずっと日本にいる。母国のロシアをこきおろし、信州のある町の一点を世界の中心だと言ってその近くに住んでいる、少々変わった男だ。
そんな彼に日本蕎麦をどう思うか聞いてみた。
彼は「サイアク」と言って顔をしかめた。
「ソバのようなあんな旨いものを、なぜわざわざ麺なんかにするんだ。バカじゃないのか。それにソバに全然合わないあんなつゆにつけて。ほんとサイアク。俺は日本蕎麦なんて絶対食べない。まずすぎる」
まあ好き放題言ってくれるのだ。もっとも、僕も海外のソバは小麦の代用品などと好き勝手書いたのだけれど。
彼はカーシャをつくるためにわざわざロシア産のソバを特別なルートで手に入れ、常備しているらしい。

またもうひとり。僕の友人の日本人女性と結婚し、日本に住んでいるブータン人男性の話。前編に書いた同国のソバの麺の「プタ」を彼は故郷でよく食べていた。コシがなく、ボソボソして、日本蕎麦と比べてなんたる差か、と僕はブータンで食べて驚いたものだが、ブータン人の彼が日本に来て、本格的な手打ちの十割蕎麦を食べたら、「イマイチ」と苦々しい顔をしたそうだ。

海外で日本人旅行者が集まってメシの話になると、「なんだかんだいっても日本が一番」という話になりがちだけれど、そう思うのは言わずもがな、自分たちが日本人だからだ。なのに、いつしか「日本人にとって」という前提を忘れ、広くあまねく断然一番、といったニュアンスで話しているような気がする。世界をまわって価値観の違いを身をもって体験し、視野を広げたはずなのに、食に関してはどうも主観に縛られ、近視眼的になるところがあるのかもしれない。などとエラソーに書いている僕も、こと蕎麦に関しては......。ああ......。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。