その貝は、恐竜が誕生するずっと前から海底に生息していたという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
有明海は福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県にまたがる九州最大の湾である。最大の場所で6mはあるという日本一の干満差、100を超える流入河川の多さ、塩分濃度の大きな変化、日本最大の干潟など特殊な環境で知られる。それがムツゴロウなど数少なくないめずらしい生物を生み育てている。ミドリシャミセンガイもそのひとつだ。
一見、二枚貝のように見えるが貝の仲間ではない。二枚の殻の間には二枚貝にある靭帯がなく、二枚の殻を自由にスライドできる。腕足動物という耳慣れないグループに属する海底に棲む無脊椎動物で、約5億年前から2億年前に繁栄したといわれている。恐竜の時代よりも前の古生代を生き抜いてきたことになる。
大昔にはこんな珍奇な生物が海底にうじゃうじゃいただろう。上から見たら長楕円形の殻は光沢のある緑色で、そこから尾のような肉茎が長く伸びている。体長10cmまでが多く、“尾”は殻の2倍ほどになる。この殻を三味線の胴に、尾を竿に見立て、そこからミドリシャミセンガイの名がある。
ミドリシャミセンガイの漁は有明海の干満の差を利用する。潮が引くと砂地が出てくる。その砂地にこの生物は殻を上に、尾を下にしてもぐっている。それをひとつずつ拾うように捕獲したり、20cmほど砂地を掘り起こしたりして捕獲する。古生代からの生物は案外と獲りやすい。
福岡県柳川市ではミドリシャミセンガイを「メカジャ」と呼ぶ。地元の人たちはメカジャから出るだしがうまいと語り、醤油と酒によるメカジャの煮つけは郷土料理として愛されている。食用部分は殻の中の身とワタ、そして尾である。身とワタは煮汁とともにしゃぶるように食べる。アキアミに似た風味を感じ、二枚貝よりもずっと濃厚で野性的な味わいである。尾は外側のコリコリとした歯ごたえが楽しく、焼酎のつまみに絶好である。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏