揺れが柔らかでマグロに優しい市場でしか見ない物ってなーんだ?豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
車輪がイカレタとかで、小車1台が「桐生製車」に持ち込まれていた。頑丈な鉄の車輪である。しかし、なにせ海水がどっぷり滲みた敷石の上を往復するとあっては、その錆びようは半端じゃない。キャップを取るのからして一苦労。車輪はハンマーではずす。やれやれだ。とはいえ、社長の桐生源三さん65歳、この道47年、手なれたものだ。
小車というのは、築地市場が誕生したころ、源三さんの父、桐生国次郎さんが、大八車を改良して生まれた荷車だ。特徴は、その荷台。異様に長い。2mはある。逆に幅はうんと狭い。まんなかに小さな車輪ふたつ。横から見るとまるでシーソーだ。だからバランスを取るのがむずかしく、下手に荷物を置くと、かじ棒を持ち上げるだけでもひと騒動(私です)。
ところが扱いを覚えてしまえば、重宝このうえなし。場内の狭い通路をスルスル行き来できる芸当は、電動荷車ターレットも、さぞや歯ぎしりであろう。マグロ屋さんいわく「マグロを運ぶには小車がいちばん」だそう。揺れが柔らかで、つまりはマグロにやさしいわけ。で、店の前まで運ぶとですね、100kg超えのマグロは、荷台の上で頭を落としてふたつ割りにすることも。100kg超えだと持てないが、その半分なら。荷車の形と低さで、包丁も使いやすい。
場内の一角にある桐生製車は、新車販売もするが、小車の病院でもある。傷んだとこを修理し、仕上げに黄、白、赤のラッカーを塗り分け、屋号を太々(ふとぶと)と記せば治療は終了。容赦ない紫外線と雨と海水で、化粧はたちまちはげるけれど、本体は堅い樫の木だから、10年やそこら働ける体力は優にある。
桐生さんいわく、場内の小車の数はざっと1000台近く。市場の風景に溶け込み過ぎて、あるのがあまりにも自然で、そんなにあるなんて気づかなかった。控えめながらタフな働きぶりは、もちろん豊洲市場に移っても変わらないはずだ。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2014年8月号に掲載したものです。