体に無数の針を忍ばせているハリセンボン。とても食べられるようには見えないが、沖縄では汁物として親しまれているという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
海辺の土産物屋に行くと、体を大きく膨らませて全身に針を突き立てている奇妙な魚のはく製がぶら下がっていることがある。あれはハリセンボンという魚である。漢字で書くと「針千本」。とはいえ、針は1000本もなくて300本くらいだが。フグの仲間である。
ふだんは針を寝かせているが、敵に出会うと胃に大量の水を飲み込んで体をまん丸に膨らませて針を突きたて、驚かせて退散させるのである。ヒトヅラハリセンボン、イシガキフグ、ネズミフグなどハリセンボンの仲間にもいろいろあるが、ヒトヅラハリセンボンの姿形が特に個性的だ。背面に白く縁どられた大きな黒色斑点を持ち、各ヒレが半透明で黄色味を帯びている。
沖縄ではこんな奇妙なハリセンボンの仲間をまとめてアバサーと呼び、汁ものにして食べる。有名な「アバサー汁」だ。特にヒトヅラハリセンボンのアバサー汁は好まれる。那覇市の牧志市場内の魚屋ではハリセンボンが売られている。といっても、皮と内臓がむかれたむき身の状態なのでなかなか種類の見分けはつかないが。
アバサー汁の淡泊な白身はトラフグの食味に似てなくもないが、もっと繊維質でやさしく口のなかでほぐれ、やんわりとしたおいしさが広がる。大まかに言ってしまえば、トラフグの味わいとマダラの食感を楽しめる。汁は案外あっさりとしているのだが、沖縄の郷土料理は昆布のだしがしっかり効いているので飽きることはない。匂い消しの効果があるヨモギがいい香りを放つ。
ちなみに、フグの仲間なので多くのフグで有毒とされる肝や卵巣などは食べないにこしたことはない。むき身の状態のものを手に入れて料理するのがよい。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏