南北を代表する果実のミカンとリンゴが同時に収穫でき、海・山・里の食材が豊富な佐渡島は、「日本の縮図」とも謳われる。地元では「当たり前」な食材の魅力を新発見するべく、世界48カ国を旅したスパイス使いの達人、東京・押上「スパイスカフェ」の伊藤一城さんが現地へ向かった!
朝5時50分。早朝の東京駅に「スパイスカフェ」伊藤一城さんを筆頭に、彼の声掛けで自主参加を希望した料理人たちが集った。メンバーは江戸川橋「酢飯屋」の鮨職人・岡田大介さん、料理人で日本酒にも精通する望月清登さん、「スパイスカフェ」スタッフの伊藤美希子さんと戸田啓介さん。そして2日目には、日本料理の料理人で干物研究家のうすいはなこさんが合流する。一行は、新幹線で新潟駅へ向かった。
佐渡島へのアプローチは、新潟駅からタクシーで数分の新潟港からフェリーで2時間30分、ジェットフォイル(高速船)で1時間5分かかる。冬の日本海の荒波を乗り越えて、いざ、出航!
佐渡島は東京23区の1.5倍も広く、国内でいちばん大きな離島である。農業は米作を中心におけさ柿、ル・レクチエ、スイカなどの果樹栽培や露地の椎茸栽培が盛んで、山菜やキノコも豊富。イカ、ブリ、甘エビ、鱈、蟹などなどが水揚げされ、アワビ、サザエ、海藻類も美味だという。
伊藤さんは、佐渡への来島は2度目になるという。
「一度目は一泊二日の滞在で、全然時間が足りませんでした。これから面白い土地になるぞ、と感じた一方で、広すぎるこの島をめぐる術がわかりませんでしたね。もっと佐渡のことを知りたいと思っていました」
それから約5年。機はやってきた。
「実際に現地に赴いて食材を直に触ることで新しい料理のアイデアが浮かびます。食材が豊富な佐渡は、刺激を受けるのにぴったりの土地だと思いますし、スパイスを通じてその土地が面白くなればとてもうれしいです」
2日目の朝に向かったのは、佐渡島の玄関口、両津港からほど近い佐渡魚市場だ。刺し網と定置網で漁獲された鮮魚が次々と水揚げされてくる。
活の真イカにヒラメ、毛蟹にズワイガニにセイコガニ。腹がパンパンに張った真鱈や巨大なアンコウ、ブリ、エイヒレ、アジ、バイ貝、タコ……と多彩な魚種が揚がる。
仲卸「マルヨシ鮮魚店」の石原義之さんからこまやかに説明を受ける伊藤さん。聞けば、もう注文を決めたという。
「海産物が豊かなのは知れ渡っていることですが、東京から注文でも翌日には店に届くと言われました。そのスピード感が衝撃です。しかもオンタイムでリアルな情報も送ってくれて、サイズのリクエストも応えてもらえる。離島というデメリットなんてないんだ、と強く感じました」
日本独自の旬の食材を使い、できる限りシンプルに新しいスパイスの楽しさを表現する――。
それが、伊藤さんのモットーだ。毎年インドに通って料理の技法を習得してきた伊藤さんだが、そのままコピーするのではなく、日本の豊かな食材を使い、自身のフィルターを通してどう表現するかをいつも考えている。
伊藤さんがさっそく注文したのは、ヒラメとバイ貝、そして意外にもアカモクだった。佐渡の海藻は、何より伊藤さんの心を躍らせた。
「海藻は今後、世界的に注目されていく食材だと思っています。佐渡では種類が多彩で、しかも量も安定して採れるというのも驚きです。海藻は食べたときに“海"を感じる食材で、僕はまだ、磯の香りとスパイスを合わせた料理を一回も体験したことがありません。今は模索中ですが、逆に言うと、誰もつくったことがないお皿をつくれるのではないかと感じています」
伊藤さんは、そう言って目を輝かせた。
まずは、2月のディナーのおまかせコースの二皿目で、佐渡産のヒラメとアカモクに柑橘を添えたカルパッチョを考えているという。
「なんとなくイメージしていたものが、現地にやって来て立体になった、という感じです」
この度の食材をめぐる旅を振り返り、伊藤さんはこう語る。
「今回佐渡にやって来て、まさに“旬の地”だと思いました。これだけ観光客が来ているのに、変に観光ずれしてなくて、魅力的な素材に満ちていて、今まさに行き時な場所だと。感度の高い移住者が多いという話も耳にしましたが、それを感じ取っているのでしょう。ポテンシャルは高いのにまだ開発されきっていないところが、最大の魅力かもしれません。これが間違った方向にいかないことを祈るばかりです。たとえば、伝統食の『いごねり』をどう残していくのか。それを地元の方がきちんと残していこうとされている姿勢に希望を感じています」
濃厚な視察の旅を経て、ホーム「スパイスカフェ」へ戻ろう……と勇んだものの、最大瞬間風速30.5mの暴風のため、船はいやがおうにも欠航に。
島の素晴らしさも厳しさも体感した伊藤さんが繰り出す、佐渡の食材を取り入れたスパイス料理とは? 「スパイスカフェ」では、土曜・日曜のおまかせディナーで佐渡食材を使ったメニューの提供を始動。そして、この先はどう進化していくのか。乞うご期待を!
スパイスカフェ
【住所】東京都墨田区文花1-6-10
【電話番号】03-3613-4020
【営業時間】11:30~15:00 (14:00 L.O.) ランチは水曜~金曜、 18:00~23:00 (20:30 L.O.)、土曜・日曜は17:00~23:00(20:30 L.O.) ※ディナーは予約制でコースのみ
【定休日】月曜、火曜
【アクセス】地下鉄「押上駅」より15分
※お店のデータは通常営業時のものです。時節柄、変更されている可能性があります。お出かけ前にご確認ください。
文:沼由美子 写真:阪本勇