世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
日本酒を愛するフランス人と台湾の日本酒|世界の日本酒

日本酒を愛するフランス人と台湾の日本酒|世界の日本酒

2021年3月号の特集テーマは「日本酒」です。日本酒は近年、世界から注目されている酒になっています。輸出量は右肩上がりで、外国の地で日本酒をつくっている酒蔵も誕生しています。自転車一つで世界を旅した旅行作家の石田さんが、「世界の日本酒」と言われて思い出すエピソードとは――。

異国の地で醸される日本酒

食の雑誌dancyuの特集に沿って、僕の海外での体験をつづる、というこの連載。今月のお題は「日本酒」だ。せーの。
「あるかああ!」

いや、じつはある。
ちょっと前にやった NHKの『クローズアップ現代』では、海外で日本酒を造っている蔵は30あると報じていたし、別の酒メディアでは40以上あると伝えている。日本の会社が海外で展開するだけでなく、日本酒の魅力を知った外国人が酒蔵を造るケースも増えているらしい。

自転車で足任せ風任せの旅をするという取材で、鳥取県のとある田舎町に泊まったときのことだ。居酒屋に飲みにいくと、外国人がひとりで飲んでいる。珍しい。これといった見どころもない町なのに。ALT(外国語指導助手)かな?
隣に座り、話しかけると、日本酒造りを学びにきているという。33歳のフランス人で、名前はグレッグ。3年前の来日時に日本酒にハマり、母国に酒蔵を立てるという夢を描いて再来日したんだそうな。

最近ではドン ペリニヨンの醸造最高責任者がその責を退き、日本で日本酒造りを始めたことが大いに話題になったが(今月のdancyu本誌にもインタビュー記事あり)、僕がこのグレッグと会ったのは5年前の話だ。ただ、その頃でもすでに日本酒造りに挑む外国人の話は耳にしていたから、突拍子もないとは感じなかったが、ふらりと寄った田舎町の居酒屋で会うぐらい多いのか、という驚きはあった(いま思えば、多いわけじゃなく、めちゃめちゃ奇遇なだけだったんだけど)。

グレッグは日本酒造りの大変さと魅力を熱心に話してくれた。ひとりで寂しくないかと聞いたら、「彼女が来月こっちに来るんだ」と言う。スマホで写真も見せてくれた。とんでもない美人だった。
「来月会ったらプロポーズしようと思っているんだ」と彼は言った。

そのわりにはどうも元気がない。聞けば、築100年を越す酒蔵に寝泊まりしていて、なかなか眠れないらしい。
「ゴーストが出そうで……」
この手の話が大好きな僕は思いっきり食いついた。多くの西洋人同様、彼もゴーストを信じていないという。じゃあこれを見てみろ、とデジカメに大切にしまってあるお宝を見せてあげた。僕自身が偶然撮った心霊写真で、ことあるごとに人に見せているのだ。日本髪の女性が古い蔵にぼんやり写っている。彼はいぶかしそうに眺めたあと言った。
「I hate you(お前、嫌い)」
あのあと彼はちゃんと寝られただろうか?

……なんの話だっけ?
そうだ、海外の日本酒だ。
ま、このように最近は増えているとはいっても、せいぜいこの10年の話で、僕が自転車世界一周をしていた頃は、海外で日本酒の価値が見直される前であり、酒蔵はおろか、日本酒に触れる機会もなかった。

唯一、僕が海外で日本酒を見た国は、世界一周の数年後に訪れた台湾だ。東部の田舎町で、現地のお姉さんに勧められていった海鮮の店に、その酒「玉泉」があった。
ぱっと見、日本から輸入したものだろうと思った。でもよくよくラベルを見ると、「台湾蓬莱米」という文字が書かれている。台湾の一般的な食用米だ。醸造元を見ると、台湾の会社のようだった。

あとで調べてわかったことだが、その醸造元はビール、ワイン、焼酎など、あらゆる酒造を担う元国営企業で、日本酒も昔から造っているらしい。
原料の米が食用米であることにくわえ、造り手が元官営の大企業と、まあ、ぶっちゃけ、不安要素しかない。でも飲んでみると、まろやかな甘味があり、悪くなかった。少々水っぽく奥行きも感じられないので、日本にあっても積極的に飲むことはないだろうけど、海外でなら喜んで飲む。

台湾も自転車でぐるりと一周したのだが、驚いたのは、その酒「玉泉」が、台湾全土、かなり隅々にまで行き届いていたことだ。田舎の小売店でも売られていた。これもあるいは、日本統治の名残か……。

以上が僕の唯一の海外日本酒体験で、以下は余談なのだが、今回の記事を書くにあたって、ネットで海外の酒蔵を検索していたら、あるページで、ええっ!?と思わず声を上げ、そのあと快哉を叫んだ。
そう、あのグレッグがフランスで初めてとなる日本酒の酒蔵を、3年前に立てていたのだ。
そっかぁ。夢をかなえたんだね。おめでとう。あの美人さんも一緒かな?
ああ、それにしてもよかった。変な写真のせいで逃げ出した、なんてことになっていなくて。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。