おいしい本
米づくりのすゝめ。

米づくりのすゝめ。

dancyuWEBで連載していた藤原智美さんの「米をつくるということ。」が一冊の本にまとまりました。2019年の春から秋にかけて、魚沼の棚田で農薬を使わずに米をつくった記録に、2020年になって世界が一変したコロナ渦での稲刈りの体験を加えた『人として生まれたからには、一度は田植えをしてから死のうと決めていました。』。2021年になって、藤原さんが語る米をつくるということ、とは。

米をつくって思ったこと。

米づくりはクセになるんです。
経験すると、もう一度やりたくなる。田んぼの草や泥の香りが恋しくなる。田植えのとき、田んぼの中に足を踏み入れたときのぬるぬる、むにゅむにゅとした感覚が忘れられないんですね。
2019年に、新潟県の魚沼で初めて田植えをしました。苗を植えていくときは雑念が一切ない。集中しているんですね。田植えを終えると、体は疲れているはずなのに、不思議と気分はすっきり。ちょっとした瞑想をした後のような爽快感なんです。とにかく、人として生まれたからには田植えを経験してもらいたいなぁ。ちょっとかじった程度で、よくもまあ偉そうなことを言っていると自分で思いながらも、田植え前と田植え後では世界が変わったんですよね。

いま、田植えは機械を使ってのものがほとんどです。僕は幸運にも手植えを体験したわけですが、田植えと言ってもその方法はさまざまなんです。実際、1日で3つの手植えを経験しました。中でもヒモ植えが強く印象に残っていますね。20人ぐらいが一列に並んで「せーの」と声をかけてヒモに沿って苗を植えていくんです。世代も性別も超えての共同作業。そんなことはなかなか日々の生活の中ではありませんよね。楽しかったし、新鮮でした。見知らぬ人たちとひとつの目標へ向かって一緒に仕事をするって、なかなかないですからね。そして、お楽しみは汗を流した後の昼飯です。みんなで畔に座って、太陽の下で食べる握り飯の旨さと言ったら、もう格別ですよ。

素人が米づくりをする大変さも知りました。春に僕らが苗を植えた田んぼの収穫は、目標にしていた収量の半分にも満たなかったんです。
農薬を使わなかったということもある。草刈りや草取りを始終できなかったこともある。雑草はタフなんです。イネの間や畔から容赦なく生えてくるんです。取っても取っても終わらない。それが夏の草取り、草刈りというものです。ぼくらが雑草対策にと敷いたシートは除草剤を使うよりも10倍ほど高くつくそうです。
でも、時間のこと、労働力のこと、いろんなことを思えば、そりゃ、敷きたくなりますよね。

田植えは楽しい、草刈りはしんどいときて、稲刈りはというと、これまた楽しいんです。さらに嬉しい。だって、自分たちが植えた苗が収穫できるまでに育ったという喜びがある。田んぼを覆っていた稲をばっさばっさと刈っていくことで、成果が目に見えるからやり甲斐もある。そして、近い将来には食べることができるという夢もあるんですからね。
自分で育てた米を口にしたときは、感情が爆発するような歓喜が体全体を覆いました。贔屓目もあるけれど、本当に美味しかったなぁ。一般では流通していない中米とクズ米も送ってもらったんですけど、それだって十分に美味しいんです。リゾットやチャーハンにして、最後の一粒までいただきました。

米というものに対する向き合い方が、田植えや稲刈りをしたことでずいぶんと変わりましたね。
米づくりのニュースが流れたりすると「今年のはどうなの?」なんて、体が敏感に反応するんです。スーパーに行けば、売られている米がどこの産地でなんの品種か、きっちり見たりもするようになりました。僕たちが米をつくった魚沼地方の天気予報にも気を配ったりして、どこか農家目線になっている自分がいます(笑)。

今回の本には連載に加えて、コロナ禍での米づくりについても書きました。2020年は田植えには参加できなかったけれど、稲刈りには馳せ参じたんです。フェイスガードをしてね。
いまは気軽に米づくりに出かけていく状況ではないことは残念ですが、『人として生まれたからには、一度は田植えをしてから死のうと決めていました。』を読んでもらって、日本の米のことに少しでも興味を持ってほしいと思うばかりです。

イベント案内
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東京・神保町「農文協・農業書センター」にて『人として生まれたからには、一度は田植えをしてから死のうと決めていました。』フェア開催中です。好評につき、2月中旬頃まで期間延長します。書籍はもちろん、魚沼の棚田で農薬を使わずに育てたコシヒカリも販売中!米づくりを追い続けた写真展も!
農文協からのお知らせサイト

写真:阪本勇

藤原 智美

藤原 智美 (作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。