2021年1月号の特集テーマは「おいしいレシピ100」です。世界を見渡すと多種多様な麺料理があります。世界一周旅行を完走した石田さんによると、一番おいしかった麺料理はウイグルの麺料理だといいます。なんども再現に挑戦するほど旨い麺料理とは――。
世界で食べた麺で一番旨かったのは?と聞かれると、味の記憶をたどりながら甘美な思いに包まれ、ちょっと考えてしまうが、それでも3秒ぐらいで即断する。
「ウイグルのラグメンやね」
中国北西部、新彊ウイグル自治区で食べられている麺だ。うどんに似た手打ちの麺に、羊肉野菜炒めをかけたもので、野菜はトマト、玉ねぎ、ニンニクの芽、ピーマン、エトセトラ。
弾力のあるもちもちした小麦の麺に、羊肉のコクと旨味、野菜の甘味がからみつく。肉汁の染みた中華まんを思わせる味の膨らみ方だ。
あの感動をもう一度、と帰国後、冷凍うどんでつくってみた。いいところまではいく。だがラグメンにはなりきれない。原因は明白。麺だ。ラグメンもやはり麺が命で、どの店も、さらにはどの家庭でも、食べる前に自分で打つ。その麺がまさにうどん、しかも極上のうどんなのだが、讃岐うどんとも水沢うどんとも違う。コシだけでなく、なめらかさが図抜けている。ラグメンの麺は、生地をねかせる際、表面に食用油を塗る。それが無比の喉越しを生んでいるのかなとも思う。三大うどんのひとつといわれる五島うどんも椿油を塗ってねかせるが、そういえば舌触りが似ているかもしれない。
新彊ウイグル自治区は、町を抜けるとだいたい一面の砂漠だ。
荒野が隆起したような山岳地帯があった。延々と続く坂を、自転車でひとこぎひとこぎ上る。人家はひとつもなく、荒涼とした大地が広がっている。
1日かかってようやく頂上に着くと、青い湖が現れた。サリム湖だ。ほとりに小さな集落があった。観光客も来るところなのか、食堂を兼ねた宿も立っている。日暮れも近かったのでドアを叩いた。
宿泊客は僕だけのようだった。食堂にも誰もいない。世界から人が消えたように森閑としている。
食堂で日記と手紙を書いていると、小太りの店主が話しかけてきた。人を小馬鹿にしたような目つきの、どこかひねくれた雰囲気のオヤジだったが、話していると子供のような顔で笑う。
夜になっても客はひとりも来なかった。人ごとながら心配になるが、店主は気にする風もなく、僕の旅の話を愉快そうに聞いている。頼まれるがままパスポートを見せると、各国のスタンプで真っ黒になったページに目を丸くした。なんだかのんきなオヤジだ。
夜になって「チャオミエン」を注文した。ラグメンの変形版で、ラビオリの皮のような薄くて四角い麺を羊肉や野菜と一緒に炒めたものだ(ラグメンの麺をぶつ切りにしたバージョンもあるようだが)。
麺の製法が非常におもしろい。ラグメンの生地を平たくのばし、きしめんのような平麺をつくる。幅は約2cm。これを左手で持ち、右手で生地の端をちぎりながら、沸騰した湯に投げこんでいくのだが、その手の動きの速いこと速いこと。まるでマジシャンがトランプをシャッフルしているようなのだ。
この日は客がいないのをいいことに、近くで見学させてもらった。とぼけたオヤジだが、さすが職人、見事な手つきで麺をのばしていく。
見ているうちにうずうずしてきた。僕は麺をちぎる動作をジェスチャーでオヤジに伝え、「これ、俺も一緒にやらせてくれない?」と言ってみた。
店主は口の右端を吊り上げて意味ありげに笑い、きしめん状の生地の一片を僕に渡した。
やってみて驚いた。なんせ指でちぎるだけだから見た目は簡単そうなのだが、実際やってみると生地がねばついて指にくっつき、ちぎった麺がなかなか飛んでいかないのだ。高速連射砲のようなあのスピードは、料理を手早くつくるためだけじゃなく、麺を指にくっつけないための奥義でもあったらしい。
ふたりで並んでやってみると、僕が1片を入れるあいだに店主は軽く10片は投げ込んだ。僕はむやみに焦り、麺はどんどん醜くなっていく。店主はマシンのようにシュパパパパパと手を動かしながら、勝ち誇ったように僕を見下ろし、ニヤニヤ笑っていた。やっぱり子供みたいな顔だ。
できあがったチャオミェンを食べてみると、きれいな薄い麺と、蝶の蛹の形をしたニョッキ状のものが入り混じった、不思議な食感の料理になっていた。
文・写真:石田ゆうすけ