2021年1月号の特集テーマは「おいしいレシピ100」です。台湾といえば定番の旅行先ですが、何といっても魅力は「食」。石田さんも台湾で衝撃的な美味しさのスイーツに出会ったといいます。ポストタピオカを担うかもしれないスイーツとは――。
得体のしれないウイルスのおかげで海外旅行どころではなくなったが、それまでは台湾ブームというのが長く続いていた。2019年まで、渡航先ランキングで台湾は5年連続1位だったらしい。
人気の秘密は、安い、旨い、優しい、といったところか。とくにメシの旨さと人の優しさには感動する。
台湾スイーツといえば、昨今ではタピオカミルクティーになるのだろうか。いまは淘汰され始めたように思えるが、新型コロナ前の2019年まではあれよあれよと新店ができ、見ていて不思議だった。そこまでポテンシャルの高い食べ物(飲み物?)だろうか。事実、もっと前に日本に導入されたときは、たいして流行らず消えたような……。なぜ今回はこんなに? やっぱりSNSの影響? でもなんなんだろうなぁ、あの「タピ活」とか、「タピる」とかって。アホか。あ、すみません。
ま、そのブームにも陰りが見え、業界は第二のタピオカを探し始めたらしい。
去年の10月、コロナ禍前の調査だが、外食産業の研究機関が「また食べたい台湾スイーツ」というアンケートを行ったところ、原料がタロイモのモチモチ団子「芋園」や、おぼろ豆腐シロップがけの「豆花」などが順当にランクインしていたが、あれ?と首を傾げた。「雪花氷」がないのだ。なんでだろう。台湾では非常にポピュラーだし、旅行者にも人気だと思うけど……。
初めてそれを食べたときの衝撃はいまも鮮明に覚えている。台湾名物「夜市」での食べ歩きを終え、帰ろうとしたときだった。「雪片」と書かれた看板が目に留まった。各種トッピングをのせたかき氷の写真がずらりと並んでいる。メニューには「紅豆」という字があった。小豆かな?
店内に入り、「紅豆」をもらうと、ビンゴ。かき氷の山に小豆の餡が添えられている。それより、かき氷に目が釘付けになった。普通のと全然違う。雪のように白くて、繊維状だ。スプーンの先に少しのせると、ガラスの繊維のように、さらさらと細かい針状になって、散る。口に入れると、ふわふわ、スッと消えた。
「なんだこりゃ?」
柔らかくて、やっぱり雪みたいだ。軽くて、すぐ消えるのに、練乳のようなコクと香りが口内を漂っている。そういえば、シロップがかかっていないのに、ほんのり甘い。氷自体が甘いらしい。すごいな。斬新だ。これぁ旨いぞ。
僕は前のめりになって「ツェガーシェンマ(これ何)?」と店のおばさんに聞いてみた。メチャクチャな中国語だが、世界一周の旅で中国に5ヵ月いたおかげで、限定的な会話ならなんとかできる。
おばさんは「ニュウナイ」と答えた。
「えっ? ニュウナイ(牛乳)?」
「ドゥエ(そうよ)」
おお、そうか、そうなのか。牛乳を凍らせて削るとこんな風になるのか。
ほかには?と聞くと、「タン」と言う。砂糖だ。材料はそれだけらしい。簡単なレシピだ。それでこんなに新しい味になるなんて。
あとでわかったことだが、どうやら牛乳と練乳を混ぜて凍らせているらしい。もっとも、練乳の原料も牛乳と砂糖だ。
餡も見事だった。ほかの台湾スイーツ同様、甘さが抑えられ、小豆自体のぽくぽくした旨さが前面に出ている。その餡と、やはり甘さ控えめの“牛乳かき氷”、その両方の味が静かに立って、きれいに混じり合っている。なんて繊細な調和だろう。普通のかき氷は食べているうちに冷たさで味がわからなくなるから、強い甘味が必要になると思うんだけれど、口あたりの柔らかい牛乳かき氷だと、こんな細やかな芸術品ができるのだ。
むしゃむしゃ夢中でかっこんでいると、その興奮ぶりがおかしかったのか、おばさんが笑いながら話しかけてきた。
「ニーシーリーベンレン(あんた日本人かい)?」
「シーシー」と答えると、そうかそうか、といかにもおふくろさんという感じの人のいい笑みを浮かべた。
もともと満腹だったこともあって、完食はきついだろうなと思ったが、ペロリと平らげた。するとおばさんはこっちも食べてみないかとメニューを指す。コーヒー味らしい。ごちそうするよ、と言う。気持ちはうれしかったが、腹がはち切れんばかりなうえに、山盛りのかき氷を食べて、体が芯まで冷えていたのだ。遠慮しよう。そう思ったが、いや、待てよ。せっかくの好意を断るのも野暮じゃないか。
「じゃあ、イーティエンティエン(ほんのちょっと)ね」
おばさんはわかったという顔で頷き、奥へ下がった。
しばらくして彼女は善人全開の笑みを浮かべ、戻ってきた。手にはコーヒー牛乳色のかき氷、その量、実にラーメン丼一杯ぐらい。豪儀だネ。
「って食えるかっ!」
心の内でそう突っ込みつつ、「謝謝」と満面の笑みで返し、すくってもすくっても一向に減らない氷を食べながらガタガタ震えていたのだった。
文・写真:石田ゆうすけ