2021年1月号の特集テーマは「おいしいレシピ100」です。自転車で世界一周した石田ゆうすけさんが、旅先で出会ったおいしい調理法をご紹介します。香港で出会った驚愕するほど旨い魚料理とは――。
dancyuは創刊30周年を迎え、先月の特集は「おいしい店」で、今月は「おいしいレシピ」、とド真ん中ストレートの連投である。
で例によって、世界の「おいしいレシピ」について書こうと思うが、諸国を旅したあと、僕がよくつくるようになった料理のひとつが「清蒸」だ。中国語で「チンジョン」と読む。魚を蒸してほんのり甘い醤油ダレをかけ、白髪ネギと針生姜をのせ、熱した油をジュジュジュッと垂らす、アレだ。
こういう料理が中華にあるのはなんとなく知っていたし、昔どこかで食べたような記憶があるが、それがでたらめに旨いと知ったのは香港だ。この町に行ったら必ず食べようと思っていた料理が「石斑魚の清蒸」だった。
それを僕は開高健の著書で知った。美食家のこの作家はそれまで中華料理の魚を軽視していたが、香港で石斑魚の清蒸を食べて天地が引っくり返ったらしい。僕の記憶だけで書いているので若干ニュアンスが違うかもしれないが、まあ絶賛していたのだ。
香港の友人夫婦を訪ねてその話をし、彼らと一緒に海鮮料理店が立ち並ぶ一角に食べにいった。
「石斑魚」は中国語読みではシーパンユー。水槽で泳ぐその姿を見ると、開高が書いていたようにハタだ。ハタにはたくさんの種類があり、石斑魚はその総称らしいが、水槽にいるのは体全体に黒い斑点があった。釣り好きで魚図鑑の好きな僕だが、たぶん初めて見る。日本ではなじみがないハタだと思う。
面白いことに、日本で石斑魚というと川魚のウグイを指す。ウグイの漢字が石斑魚なのだ。しかし、ハタとウグイじゃ、ウグイには悪いが天地の差だ。冬のウグイは旨いという人もいるが、子供時代何度試しても僕はその境地に至れなかった。
このとき香港で食べた石斑魚は30cmぐらいのサイズで、お値段は約1万2000円。日本の石斑魚の何百倍だろう(へたしたら何千倍……)?
もっとも、調理代も込みだったかもしれない(ほかにもいろいろ頼んだから忘れた)。出てきた清蒸をいざ食べてみると、磁器を思わせる白い身には貝のような強い甘味と旨味があり、醤油ダレ、ネギ、生姜と合わさって、世の中にこんな旨いものがあったのかと驚いた。
世界の旅を終えて、南紀白浜の実家に帰ったある日、クエが家に来た。白浜はクエを町の名物として売り出しており、養殖も盛んに行っている。養殖のクエがどこかからまわってきたらしい。
鍋にするには小さいクエだった。そこで記憶を頼りに清蒸にしてみたところ、大正解。父も母も食べた瞬間、目を丸くした。
もっとも、クエも高級魚だからどう調理したって旨いに決まっている。
実家を出て東京に住み始めたある日、スーパーでまるまる太ったクロソイが800円ぐらいで売られているのを見て、これを清蒸にしたらどうだろう、と思った。これまで食べた清蒸はすべて高級魚だったから旨かったのもあるだろうけど、実は清蒸という料理法が秀逸なのであり、魚の格に関わらず旨いんじゃないだろうか。
ということで、蒸して醤油ダレをかけ、ネギと生姜をのせて油をジュジュジュジュッとかけてみたら、ビンゴ。我が賃貸物件の一室が高級中華のVIPルームになった。
蒸すことで魚の旨味が凝縮されるのだろう。くわえて熱い油をかけて香りの立った長ネギと生姜、ほの甘い醤油ダレが魚の旨味と合わさって、料理の見た目同様、味もすこぶる華やかになる。
この日以来、型のいい白身魚が手に入れば「清蒸、清蒸」と小躍りしながら蒸しまくるようになった。
面白いもんだなと思う。煮つけとほぼ同じ材料なのに、やり方をちょっと変えるだけで、庶民的な家庭料理から一気に豪華ディナーのメインへと昇華するんだから。
いい加減なレシピだけど、僕はだいたいこんな感じでつくっています。簡単ですよ。
①鱗と内臓をとった20~30cmの白身魚に酒をふりかけ、ネギ、ショウガをのせ、10~15分蒸す。
②タレをつくる。小鍋に醤油、酒、砂糖を適当に入れ、ひと煮たち。
③蒸しあがった魚に②のタレをかけ、白髪ネギと針ショウガをたくさんのせ、熱した油を全体にジュジュジュッとかけ、できあがり。油はサラダ油にごま油をちょっと混ぜています。香ばしくなるから。
ボナペティ!
文・写真:石田ゆうすけ