ついに王者の登場。ルックスはフニャフニャでヌルヌルで巨大、果たしてお味は?グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
アンコウは怪魚界の王者である。扁平に広がる頭は異様に大きく、腹は丸く膨らんで尾にかけて細くなるおたまじゃくし型である。全長1.5mになることもある巨大さで、ウロコはなく大量の粘液に覆われている。ドデカいし、フニャフニャ、ヌルヌルなものだから、まな板の上でおろすのはひと苦労。だから、吊るしておろす方法が考え出された。そう、「吊るし切り」である。鈎にアンコウの口を引っかけて吊るし、重石代わりに口から大量の水を流し入れる。口のまわりに切れ目を入れてそこから全体の皮をはがす。腹に包丁を入れて肝、卵巣、胃袋、ヒレ、白身、アゴ肉に切り分ける。すべて食べることができ、捨てるところはない。
アンコウは生態も奇怪だ。背ビレ前部のトゲが糸状に伸び、その先端の皮弁が誘引器官になっている。すなわちこれをユラユラと揺らして小動物に見せかけ、口の近くに魚を誘ってパクッと飲み込むのである。
こんな怪異なアンコウだが、味は格別。なかでもアンコウ産地の福島県などに伝わる「どぶ汁」がうまい。「アンコウ鍋」ではない。から煎りした肝と味噌を合わせ、これにアンコウの各部位と大根だけを煮る。具材が持つ水分だけで水を使わないから、味のよさは天下一品だ。しかしアンコウの身を大量に使うため、アンコウが高価になった今では地元の人でもめったに食べられないらしい。
福島県では野菜などがたっぷり入った今風の「どぶ汁」がよく食べられている。正確にいうと「どぶ汁“風”」だが、これも食べやすくてうまい。皮部分のコリコリフニャフニャした歯ごたえ、白身の気品ある味わい、野菜と肝味噌のおだやかなハーモニーが心地よく、また骨にこびりついた身をしゃぶり食う楽しさはめったにあるものではない。残りの汁にごはんを入れて作るおじやは、どんなおじやにも勝る。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏