今回のお題“ヂョン”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
日本でポピュラーなあのチヂミのことを、韓国では一般的に、チヂミとは呼ばない――片手に万能ねぎを一束かかげながら衝撃的な事実を告げたのは、白髪をきれいに結い上げた上品な韓国家庭料理の先生だった。
その日、先生はチヂミとは言わず「韓国風のお好み焼き」をつくると言って実演を始めた。そこにはステンレス製のミニボウルも菜箸も、何より小麦粉と水と卵を混ぜ合わせた生地そのものもなかった。
ねぎを半分に切って束ね、小麦粉を全体にまぶしてからトントンとまな板に打ちつけて余分な粉を落とし、卵液にさっとくぐらせる。油をひいて熱したフライパンに広げるようにのせ、上にアサリのむき身と彩りとして赤ピーマンを散らしてからねぎとねぎをつなぐように卵液を垂らしながらかけ、いい塩梅に片面が焼けたらひっくり返してもう片面も焼き上げる。表面はカリッと焼き上がり、生地を食べるというよりもねぎそのものの甘さを味わうための料理だ。酢醤油かコチュジャンベースのタレで食べる。「衣をいかに薄くして焼き上げるかが腕の見せ所ね」と語った先生は、このお好み焼きの名前を「パヂョン」と呼んだ。
パとはねぎ。ヂョンが料理法で、漢字で書くと「煎」となる。これは衣をつけて油で焼いたものの総称で、衣をつけて焼けば何でもヂョンとなる。だから韓国には牡蠣のヂョン、白身魚のヂョン、かぼちゃのヂョンと、さまざまなヂョンがある。日本でポピュラーなチヂミでいうと「にらチヂミ」「海鮮ねぎチヂミ」だろうが、それぞれを“ヂョン的”に言うと「プチュヂョン」「ヘルムパジョン」となる。
いわゆる日本で言うチヂミの韓国での呼び方にはもう一つ「プッチムゲ」がある。これは「焼く」を意味する「プッチンダ」という言葉から派生したもので、地方によって呼び方が異なる。つまり方言があって、北東部の江原道(カンウォンド)から慶尚道(キョンサンド)にかけてという地域では「チヂミ」と呼ぶ。出てきた、チヂミ。江原道には韓流ブームを巻き起こした「冬のソナタ」のロケ地として知られる春川(チュンチョン)がある。
ヨン様が牽引した韓流ブームのずっとずっと前に、東京の新大久保なのか、大阪の鶴橋なのか、はたまた別の場所なのかはわからないが、江原道あるいは慶尚道出身の人がチヂミと呼び、その名が日本中に広まったということなのだろうか。韓国で日本人があまりにもチヂミ、チヂミ、というので、今ではチヂミという名もポピュラーになってきたというのがもっぱらの噂。
先生に「豚玉」を韓国語で何というか聞いてみた。「テジ(豚)ヤンベチュ(キャベツ)ヂョンですか?」「いいえ、それはオコノミヤキです」でおさまった。
ねちっこい取材をウリにする食ライター。チヂミでもヂョンでも中華そば入り希望。なぜなら広島出身だから。
文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子 参考文献:李盛雨著『韓国料理文化史』(平凡社)
※この記事はdancyu2017年11月号に掲載したものです。