レストランを代表するメニュー、スペシャリテ。東京・銀座にあるフレンチレストラン「ラフィナージュ」には、高良康之シェフの熟練の技が光る一皿がありました。スペシャリテに隠された、料理人の想いと誕生の秘密を聞いてきました。
客からの要望が多く、メニューから外そうにも外せなくなったもの。シェフの意思にかかわらず、そうして自ずと店の代名詞となった料理が、すなわち本来の「スペシャリテ」だ。高良康之シェフが言う。
「2018年10月にこの店ができて、メニューから外せなくなった最初の料理がこれなんです」
パヴェ・ド・フォアグラ。店の前のあづま通りの石畳(=パヴェ)にもかけて、オープン時に作った一皿だ。
「フォアグラはフランス料理の代名詞でもあるし、今でも調理するときに背筋が伸びる食材。もともと好きな食材でもあり、オープン当初のメニューには迷うことなく入れました。春、夏と過ぎて秋になっても、この料理のお客様からのリクエストが多く、これは外せないなと。進化させながら、今に至ります」
3度目の秋。この一皿は、見た目以上に軽やかである。
「フォアグラ自体は、確かに脂の多い重い食材です。でも、下処理と構成で、いくらでも軽くできる。パヴェの表面のグラッサージュは煮詰めたポートワインに赤ワインと赤ワインビネガーを入れています。底にはスパイシーなパンドエピス。フォアグラの間にはドライイチジクが入っています」
口にすると、多めに入ったドライイチジクとフォアグラの量のバランスの良さが心地よく、ビネガーの意外な酸味がきいてキレがいい。「軽く仕上がっているのだろう」と想像して食べた、その想像よりもさらにもう一歩、軽いのだ。口の中にベタつく余韻はなく、心地よい香りだけが残る。いくらでも食べられそうになる。
「重い、と思われてしまったらダメなんです」と高良シェフ。
フォアグラを見ると、若い頃の思い出も蘇るそうだ。20代、初めて口にしたフォアグラは、少しも美味しくなく、本当のフォアグラってどんな味なんだろうと考えたという。トリュフも同じ。その後フランスで、修業先のレストランの大きな冷蔵庫に初めて入ったときの不思議な香りの正体がトリュフだとわかり、目の前の黒い塊を思わず手にとって齧ってしまったその瞬間、シェフが冷蔵庫のドアを開け……。あの、我慢できなかった衝動は忘れられないという。当時、真空調理で食べたフォアグラの味も忘れられというが、フォアグラには失敗した思い出も。パーティー用に何百人分も作ったテリーヌの色が変わってしまい、大変な思いをしたそうだ。そんな伝統的フランス食材への敬意と思い出。
スペシャリテのパヴェ・ド・フォアグラから広がるフランス料理の世界を、ここでは存分に味わわせてくれる。
文:浅妻千映子 写真:青谷慶