カルパッチョの真実~すべての皿には物語が隠されている~
和食の「八寸」は8種類の前菜ではない?|カルパッチョの真実⑪

和食の「八寸」は8種類の前菜ではない?|カルパッチョの真実⑪

今回のお題“八寸”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。

奥深い日本料理

昨今の日本料理店で「八寸」と言われて出てくるものは、きれいな前菜の盛り合わせというイメージが強い。器の上に一口サイズの華やかな料理が色とりどりに何種類も盛ってある。その料理に促されるように早速お酒を飲みたくなるがそれでいい。八寸とはもともと茶事で出される料理つまり懐石の中で供され、茶事を開いてもてなす亭主ともてなされる客が杯を酌み交わすときの酒のアテをさすものだからだ。

ただ、八寸を8種類の料理が盛りつけられたものだと思っているなら間違いである。「ちょっと」を漢字で書くと「一寸」だから8種類の料理を一寸(ちょっと)ずつと思いたくなるし、日本人は末広がりの八の字がめでたいということで好きだし、八にこだわるのは何の不思議もない。しかし八寸とは料理を盛りつける器のサイズからきている。8寸つまり1寸(3.03cm)の8倍である約24cm四方の器に盛りつけられたことでそう呼ばれる。基本的には下の写真のように8寸四方の杉木地の盆を使う。もともとは神事で使うお供えをのせるものだが、これを茶人である千利休が茶事の懐石に取り入れたと言われている。

この四角い盆に酒の肴になるような旬の海の幸と山の幸を、1種類ずつ対角線を意識して盛る。珍しいものが手に入るともう1種類加えて3種類になることもある。取り分けるスタイルをとるので、濡らしてから露をきった青竹の長い箸を添える。敷き葉などは使わず、料理のみを盛って静かに四季を描くのが懐石における八寸だ。

飯、汁、向付(刺身)から始まる茶事の懐石の流れの中で八寸は後半に出されるもので、この八寸で初めて客と亭主が酒を交わす。懐石コースのハイライトみたいなものだから八寸の取り分け方にしても、杯の交わし方にしても茶事らしく作法がある。この作法が一般人にはなかなかハードルが高い。亭主は決して強いたりしないのだがこちらは勝手に緊張してしまう。この緊張をゆるめてくれるスタイルが、カイセキはカイセキでも宴会の要素が強い会席の八寸だ。茶事の流れを汲んでいる店もあるが、多くの店は結構自由にこの会席スタイルで八寸を出している。宴席だから賑やかがいいということで、器も盛りつけもいろいろ。品数も多い。献立の最初に出てくることもあり、フランス料理のアミューズブーシュみたいで個人的には楽しい。

そういえばアミューズブーシュは一口の楽しみという意味である。その一口のサイズを日本人は1寸とし、日本料理人は1寸サイズに切り整えることを修業の第一歩とする。そう「寸」の言葉には日本の技を味わうという意味も含まれているように思う。八寸は8寸。ニジュウヨンセンチという呼び名では味気ないのだ。

八寸
ちなみに
筆で有名な広島県の熊野町には、八寸という煮〆のような郷土料理がある。やはり8寸サイズの器に盛りつけたのでその名がついた。

著者

土田美登世 編集者・ライター

土田 美登世 編集者・ライター

茶道を習うようになって日本料理の面白さを再認識するも、その奥深さに半ば溺れ気味。いまだ作法もガッサガサ。

文:土田美登世 撮影:加藤新作 撮影協力:「懐石 小室」(神楽坂)

※この記事はdancyu2019年3月号に掲載したものです。