スーパーでおでんの材料を購入した。ちくわぶ4本、大根2本、たまご2パックに餅巾着をありったけ、それからはんぺん、こんにゃく、ウインナーも欠かせない。レジの店員はバーコードをスキャンした後、会計済みのカゴに移していくが、その際にときどき、小さなポリ袋に入れてくれることがある。その作業がなければ、会計待ちの行列はもう少し早く解消するだろう。何しろおでんは30人前だ。
とある理由で、私が買い出しと調理をすることになったのだが、できれば急いでほしかった。おでんは早めに仕込んで、味を染みこませたいではないか。やきもきしていると、また店員はポリ袋を広げ、丁寧に商品を入れた。それは、すでに火が通った大根のレトルトパックである。生の大根が食べ頃になるまでは、それで繋ごうと思って購入したのだが、何故か生の大根はポリ袋に入れていない。入れる入れないの基準がよくわからなかった。買い物のついでに、化粧品売場でカゴに入れたファンデーションなら、「気が利く」と素直に感謝できるのだが。
最近増えつつある化粧品ブランドのカフェに、私はどうも抵抗がある。まさか化粧品を口に入れるわけではなかろうが、なんとなく、においがするようで食欲が萎えるのだ。化粧品と食料品は相性が悪い。ポリ袋に入れて欲しいのは、直接触れた食べ物が、不味くなるような気がするからだ。
昨今のファンデーションは、子供の頃、母親の頬から漂ったようなキツい香りはしない。だが、飲食店の店員が塗り壁みたいな顔をしていたらギョッとするし、食事を供にする人の髪がスプレーでガチガチに固められていると、ちょっとげんなりしてしまう。
だが、ヘア&メイクアップアーティストの長井かおりさんが施すメイクは、美味しそうなのである。『世界一わかりやすいメイクの教科書』は、ハイセンスすぎる突飛なメイクでも、人気のタレントに似せるような顔面改造メイクでもなく、ベーシックなメイクが誰でも失敗なくできるようになる本だ。そして「血色」というキーワードが頻出する。美味しい食事やほどよいアルコールを摂取したときのような、大好きな人と温かいお茶を飲んでいるときのような血色の良さを、ベースメイクやチークによって引き出すのだ。
この本を教科書にメイクをしても、メイクの腕をほめられることは少ないだろう。だが「体調が良さそうだね」とか「なんかいいことあった?」などと、やたら声を掛けられるかもしれない。美味しそうなメイクは、健康的で幸せそうな雰囲気を作るのだ。
「小さなナルトを肌に置く」とか、「アプリコットカラーをもんやり」とか、メイクの手順を説明する際に使う言葉も、いちいち美味しそうだった。ファンデーションを塗るスポンジすら、小麦粉と卵でできたスポンジを連想させる。「スポンジのしみしみ部分を…」なんて、美味しそうにもほどがあるではないか。
文:新井見枝香 イラスト:そで山かほ子