明日、どこに食べに行こう?
本能を刺激する香りと深い旨味が楽しめる「サウスラボ 南方」|発酵料理がうまい店①

本能を刺激する香りと深い旨味が楽しめる「サウスラボ 南方」|発酵料理がうまい店①

クセになるにおい、骨太な旨味、強烈な酸味。時にねっとり、時にとろんと柔らかく、食いしん坊を虜にする、発酵の世界をご紹介します。

広州に貪欲な発酵在り

咸魚肉餅
咸魚肉餅(ハムユイヨッペン)2,200円は、塩さえ入らない。味つけは咸魚のみ。のせる咸魚は一切れだが、旨味と塩気は十分なほど強く、熟成チーズのような香りが豚の脂と溶け合う。香米200円と相性抜群。
ワイン
ナチュラルワインを中心に各国の個性派が揃い、幅広いマリアージュが楽しめる。グラス900円~。

「食在広州(食は広州に在り)」。土地柄、鮮度の良い食材が多種多様にあり、素材が良いからか、広東料理の一般的なイメージはシンプルであっさり……実はそうではなかった。
食に貪欲な広東人はそんなに単純ではないのだ。その答えを庶民の味、家常菜と発酵保存食の関係の中に発見!たとえば咸魚(ハムユイ)。南洋の大魚を塩漬けして干したもの。よくくさやと並び称される独特の香気(臭気?)を放つが、負けないほど深い味わいや旨味を持つ。“咸魚肉餅(塩漬魚の蒸しハンバーグ)”は味つけした生挽き肉の塊に、咸魚をのせて蒸すだけ。調理過程で肉汁があふれ、咸魚はその旨味を抱え込むと同時に熟成した魚の旨味と香気を解き放つ。そして個性の違う味わいが互いの旨さを押し上げる結果に。

馬友
コノシロの一種・馬友を使った咸魚は、乾燥していても柔らかな弾力が残る。

二つを崩しつつ白飯にのせて頬張る。健啖家共通のうめぇ!が脳裏を駆け巡る。どんなに高度に調理した肉団子やハンバーグにもない陶酔感。ハマる味。“蜆蚧生牡蠣煎蛋(牡蠣と卵の蜆醤炒め)”は牡蠣と卵の鉄板の組み合わせに、シジミの塩辛を加えただけだがその効力は抜群。シジミのコクのある旨味が味わいに深みを出すだけではない。噛みしめると、時に歯に当たるシジミが不思議な香気を放つ。シジミを漬け込むときに使うのであろうか、白酒(パイチュウ)の華やかな香りがアクセントとなり複雑な味わいを醸すのだ。

牡蠣と卵の蜆醤炒め
牡蠣と卵の蜆醤(シジミジャン)炒め。にらとねぎは生、玉ねぎは炒めて旨味を出して合わせる。蜆醤はクセのないシジミの塩辛。1,600円。
空心菜の腐乳がけ
空心菜の腐乳がけ。一般的な空心菜より、ぬめりも個性も強い「白骨空心菜」に腐乳をかけたシンプルな一皿。1,600円。
黄ニラと干し貝柱と魚の浮袋のスープ
黄ニラと干し貝柱と魚の浮袋のスープ。高級乾物・魚の浮袋のプルンとした食感が心地よい。金華ハムのだしが味の輪郭をつくる。3,000円。
中国セロリと白イカの蝦膏炒め
中国セロリと白イカの蝦膏(ハーコウ)炒め。白イカは細かく包丁を入れ、柔らかさとともに、蝦膏の旨味がからまる細工が施されている。5,000円。

“唐芥蝦膏先魷(中国セロリと白イカの蝦膏炒め)”が眼前に登場。懐かしさを覚える香りが一面に広がる。祭りの焼きイカを思わせる匂いに海老の焼けた香ばしさが重なり、鼻腔をくすぐる。アミより少し大きな海老の塩漬けを干した蝦膏(ハーコウ)を焦げる寸前まで炒めて香ばしさを出し、油通しした白イカを炒めながらスープとからませる。強烈な香ばしさに加えて、旨味にもパンチが。この味わいを受け止めるには中国セロリくらいの香り高い野菜でなければまとまらない。絶妙な組み合わせ。
“油菜腐乳通菜(空心菜の腐乳がけ)”は広東のイメージ通りのシンプルな料理。空心菜をゆで上げ、コクを加えるため熱々の落花生油をかける。味つけに使うのは腐乳。豆腐を麹に漬けてつくる発酵食品だが、沖縄の豆腐ようもこれがルーツ。

調味料
蝦膏や腐乳など、味の要となる発酵調味料は、香港の老舗専門店から買い付ける香り高い名品ばかり!

白い腐乳に唐辛子、ハマナス花のリキュールなどを加え、味を調えている。フレンチならばまさにソース。ほんのり甘くやわらかな旨味と麹の穏やかな風味、後味に抜ける花の香り。土臭い香りが持ち味の空心菜に品を持たせる。
広東の高級スープに必須の金華ハムも発酵食材。上湯(ショントン)(一番だし)に必ず入り、澄んだ旨味をより鮮明にする。

菊地和男さん、覃志光さん
菊地和男さん(右)。店舗のプロデュースを担当。本業はカメラマン。中国料理、中国茶の専門書も執筆。店で使う食材と調味料は、菊地さんが本場で仕入れた稀有なものが多数。 覃志光(チャムチークォン)さん(左)。香港出身のシェフ。2000年に来日し、銀座「福臨門酒家」で14年間、鍋を振っていた。一つの鍋で巧みに火力を使い分ける腕前の持ち主。愛称はトミーさん。

発酵食品を使った広東家常菜の数々は、人間の本能を喚起する。ハマる独特のにおいや旨味がポイントだ。あまりにも個性的なにおいを好きだ、ハマると連発すると少し変態的で恥ずかしさを覚えるが、思えば本能の喚起とはまさにエロス。単なる旨いではなく、生命の存在意義を再確認する人間的なうめぇ!がここにあった。

店内
2019年6月開店。コース6,500円~。ボトルワイン4,000円~。紹介した料理はすべて、3日前までに要予約。

店舗情報店舗情報

サウスラボ 南方
  • 【住所】東京都墨田区錦糸3-7-3
  • 【電話番号】03-6658-5299
  • 【営業時間】18:00~22:00(L.O.) 土日は12:00~16:00 18:00~22:00(L.O.)
  • 【定休日】月曜(今後変更する場合はHPで告知)
  • 【アクセス】JR・東京メトロ「錦糸町駅」より3分

文:梅谷昇 写真:邑口京一郎

※この記事の内容はdancyu2019年11月号に掲載したものです。