クセになるにおい、骨太な旨味、強烈な酸味。時にねっとり、時にとろんと柔らかく、食いしん坊を虜にする、発酵の世界をご紹介します。
「食在広州(食は広州に在り)」。土地柄、鮮度の良い食材が多種多様にあり、素材が良いからか、広東料理の一般的なイメージはシンプルであっさり……実はそうではなかった。
食に貪欲な広東人はそんなに単純ではないのだ。その答えを庶民の味、家常菜と発酵保存食の関係の中に発見!たとえば咸魚(ハムユイ)。南洋の大魚を塩漬けして干したもの。よくくさやと並び称される独特の香気(臭気?)を放つが、負けないほど深い味わいや旨味を持つ。“咸魚肉餅(塩漬魚の蒸しハンバーグ)”は味つけした生挽き肉の塊に、咸魚をのせて蒸すだけ。調理過程で肉汁があふれ、咸魚はその旨味を抱え込むと同時に熟成した魚の旨味と香気を解き放つ。そして個性の違う味わいが互いの旨さを押し上げる結果に。
二つを崩しつつ白飯にのせて頬張る。健啖家共通のうめぇ!が脳裏を駆け巡る。どんなに高度に調理した肉団子やハンバーグにもない陶酔感。ハマる味。“蜆蚧生牡蠣煎蛋(牡蠣と卵の蜆醤炒め)”は牡蠣と卵の鉄板の組み合わせに、シジミの塩辛を加えただけだがその効力は抜群。シジミのコクのある旨味が味わいに深みを出すだけではない。噛みしめると、時に歯に当たるシジミが不思議な香気を放つ。シジミを漬け込むときに使うのであろうか、白酒(パイチュウ)の華やかな香りがアクセントとなり複雑な味わいを醸すのだ。
“唐芥蝦膏先魷(中国セロリと白イカの蝦膏炒め)”が眼前に登場。懐かしさを覚える香りが一面に広がる。祭りの焼きイカを思わせる匂いに海老の焼けた香ばしさが重なり、鼻腔をくすぐる。アミより少し大きな海老の塩漬けを干した蝦膏(ハーコウ)を焦げる寸前まで炒めて香ばしさを出し、油通しした白イカを炒めながらスープとからませる。強烈な香ばしさに加えて、旨味にもパンチが。この味わいを受け止めるには中国セロリくらいの香り高い野菜でなければまとまらない。絶妙な組み合わせ。
“油菜腐乳通菜(空心菜の腐乳がけ)”は広東のイメージ通りのシンプルな料理。空心菜をゆで上げ、コクを加えるため熱々の落花生油をかける。味つけに使うのは腐乳。豆腐を麹に漬けてつくる発酵食品だが、沖縄の豆腐ようもこれがルーツ。
白い腐乳に唐辛子、ハマナス花のリキュールなどを加え、味を調えている。フレンチならばまさにソース。ほんのり甘くやわらかな旨味と麹の穏やかな風味、後味に抜ける花の香り。土臭い香りが持ち味の空心菜に品を持たせる。
広東の高級スープに必須の金華ハムも発酵食材。上湯(ショントン)(一番だし)に必ず入り、澄んだ旨味をより鮮明にする。
発酵食品を使った広東家常菜の数々は、人間の本能を喚起する。ハマる独特のにおいや旨味がポイントだ。あまりにも個性的なにおいを好きだ、ハマると連発すると少し変態的で恥ずかしさを覚えるが、思えば本能の喚起とはまさにエロス。単なる旨いではなく、生命の存在意義を再確認する人間的なうめぇ!がここにあった。
文:梅谷昇 写真:邑口京一郎
※この記事の内容はdancyu2019年11月号に掲載したものです。