2020年10月号の第二特集は「買い出し散歩」です。南米にある細長~いイメージの国、チリ。この国は海に面していることと日系の移民が多いことにより、日本人にとってなじみ深い食材が手に入るとのことです。だからといって安心できるというわけではないようで――。
南米のチリに行くなら醤油を持っていけ――。旅人のあいだでよく交わされる言葉だ。
南北4000kmと細長い海沿いの国だけに当然、海岸線が長く、漁港も多い。シーフード天国なのだ。
そのチリに着いたのは、日本出発から約1年半後だった。家から持って出た醤油はとうになくなっていた。
ある日、小さな漁村に着いて投宿し、村を散歩していると、道端でおじさんがウニを売っていた。ソフトボール大の巨大なバフンウニが、網に大量に入っていて、針をゆらゆら動かしている。
値段を聞くと、日本円で1個約40円。レジ袋にどっさり買い、その足で商店に行った。
小さな店だったが、キッコーマン醤油があった。
いまや醤油は世界中で売られているが、たいていは甘みのある中国醤油だ。
キッコーマン醤油も欧米の大きめのスーパーならあるが、南米で見たのはこれが初めてだった。
チリは日系移民が多い。そしてシーフード天国。このふたつの条件がそろえば、小さな村の店にもキッコーマン醤油が並ぶということか(?)。
その醤油を買って帰り、宿の共同キッチンでウニを広げた。スプーンの柄でウニの口を砕くと、磯の香りがぷおんと立つ。内部をのぞいた瞬間、悲鳴を上げた。金塊がみかんの房のようにびっしり入っているのだ。スプーンでかき出していくと、買ってきたウニ全部で小さめの丼一杯ぐらいの量になった。
Kと顔を見合わせ、互いにいやらしい目で笑った。道中会って一緒に旅している男だ。
金塊の半分は生のまま皿にのせ、半分をオムレツにした。
まずは熱いうちにウニオムレツをひと口。
「うぎょほおおお!!」
なんちゅうまろやかさやあ! トロトロの卵に包まれたウニは舌の上でとろけ、甘みと潮の香りを残しつつ泡のように消えていく。ちゃんと仕事をしたフランス料理みたいだ。Kも泣きそうな笑顔になっている。
続いてウニ丼だ。生の“金塊”をたっぷりご飯にのせ、醤油をかける。
「ふむ……」
オムレツと比べると大味で、ちょっと臭いかな……と思ったが、いや違う。磯の香りがリッチなのだ。旨味が濃厚なのだ。なんといってもウニである。一度にこんなに食べられるなんて、なんたる幸せ!
と思おうとしたが、食べているうち急速にありがたみは薄れていき、僕もKも大量の金塊を前に無言になった。リッチな磯の香りが口にこもって実に気持ちが悪い。
最後はあまった生ウニを押しつけ合った。そしていつもの疑問が浮かんだ。
日本産だと繊細で美味な食材が、海外産だと往々にして大味になって不味になるのは、なんで?
別の日。海沿いの町(チリはだいたい海沿いの町だが……)に着き、日本人旅行者がたまる安宿に泊まった。この手の宿はだいたい相部屋で、共同キッチンや団らん室があり、合宿所のような和気あいあいとした雰囲気になっている。
数日後、僕が代表で市場に買い出しにいった。
ひなびた小さな市場だった。歩いていると、一軒の店の店頭に目が留まった。70センチぐらいのマグロが屋外に無造作に置かれ、日光に燦々と照らされている。冷蔵する気なんてさらさらないらしい。
マグロは細長くて胸鰭が長かった。ビンナガだろう。値札を見ると日本円で1500円ぐらいだ。
刺身が食べたくて仕方がなかった。これを1本丸のまま買って帰れば、ウケるに違いない。でも魚の状態はよくなかった。皮や目が乾いて剥製みたいだ。どれぐらい日光の下に放置していたんだろう。大丈夫かな。うーん……と悩んだのは3秒ぐらいで、当然ウケるほうを選んだ。
マグロをぶら下げて帰ると、日本人旅行者たちが一気にわいた。僕は天下をとったような気分で「まあまあ、焦るな焦るな」と民衆をなだめ、キッチンに向かった。
包丁を入れると淡いピンク色の身が現れた。やはりビンナガのようだ。
サクを取り、みんなを出し抜いてひと切れ、醤油につけ、口に放り込む。
「う、うまあ……」
身は軟らかめだが、久しぶりに口にする刺身だ。生魚の旨味も血の味も鮮烈だった。お魚万歳。醤油よありがとう。
サクを“四枚切り食パン”1枚ぐらいの分厚さに引き、再び“試食”する。いつの間にかKがそばにいて、子犬のような愛くるしい目で僕を見ている。
ふたりでたらふく試食したあと、みんなの分を切った。サクをとり、刺身を引く。
「ん?」
ピンク色の身の断面に、よく見ると白い小さな点々がある。なんだこりゃ?
もうひと切れ引いてみると、やはり白い点々があった。ピンク地に小さな白の水玉模様だ。その刺身のひと切れを手にとり、反らせてみると、白い点のひとつひとつがそうめんのようにニューッと何本ものびて出てきた。
「………」
そうめんのような寄生虫だった。何匹も潜りこんでいたらしい。包丁を入れるとそれらの切断面が白い点々になって、ピンク色の身に水玉模様を描いていたというわけだ。なるほどー。ガッテンガッテン。
Kと顔を見合わせ、口角と目を吊り上げて、ヒ、ヒ、ヒ、と笑った。ふたりとも大量に試食したあとだった。
文・写真:石田ゆうすけ