今回のお題“プッタネスカ”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
「娼婦風」というなかなか艶っぽい名前のパスタがある。イタリア人にとってマンマの味であり国民食であり世界に誇るパスタ料理に、あっけらかんとその名はついた。
娼婦風パスタはイタリア語でputtanesca(プッタネスカ)という。娼婦という意味のスラングputtana(プッターナ)から派生した言葉だ。にんにく風味のトマトソースに黒オリーブとケイパー、アンチョビを加え、パスタにからめてつくる。このパスタそのものは南イタリアのナポリ湾に浮かぶイスキア島に古くからあり「パスタ・アッラ・マリナーラ・コン・オリーヴェ・エ・カッペリ」という名もあった。
問題は誰がこの長い名のパスタに「プッタネスカ」と名付けたか?だ。
通説ではエドゥアルド・コルッチという画家とされている。1950年代のある日、自分の故郷であるイスキア島でパーティーを開き、このパスタをつくって出した。
「さぁプッタネスカを食べよう!」。娼婦話でもしてたのか?誘惑されるほど刺激的な味だと思ったのか?なぜかは謎であるが、とにかく彼は「プッタネスカ」と名付け、この響きが客にはウケた。それがやがてイタリア中に密かに伝わっていったという。
実はエドゥアルドの甥こそが名付け親だという説もある。その甥がクラブを経営していて、夜遅くに腹を空かせた客が来たのだがトマトソースとオリーブとケイパー、アンチョビしかない。彼は客に向かって「puttanata(プッタナータ)みたいなのしかできないけど」と言ったそうだ。プッタナータとは「ろくでもないもの」という意味。でもパスタはおいしかったので通常のメニューに載せようとしたけれど、プッタナータのままでは載せにくい。ならば、せめて響きがかわいい「プッタネスカ」に、としたそうだ。エドゥアルドの甥の孫が言っている話だが。
「プッターナ」「プッタナータ」そしてそこから派生した「プッタネスカ」。いずれにしても、プッタなんとかという言葉はイタリア人には曰くつきのようだ。「ポルカ・プッターナ」とか「フィーリオ・ディ・プッターナ」といった言葉にもプッターナが入っている。前者は「こんちくしょう」という意味。後者は直訳すると「娼婦の息子」で、ニュアンス的には「お前の母ちゃんでべそ」という意味で上品とは言えない。にもかかわらず、プッタネスカはイタリアのレストランメニューに堂々と載っていることがなんとも不思議だ。
そういえばケッカ(おかま風)というパスタもある。「プッタネスカ」も「ケッカ」もその場のノリでつけただけで、たぶん深く考えていないのだろう。時に問題も起きるがイタリアのそんなところがチャーミングで、世界中にパスタが愛される理由な気もする。
スパゲッティ・プッタネスカは大好物。麺は硬めにゆで上げ、トマトソースは濃厚であるべし。オリーブとケイパーの香りと歯ごたえも重要。
文:土田美登世 写真:加藤新作
※この記事はdancyu2018年11月号に掲載したものです。