沖縄で古くから食されてきたその怪魚は、ハブよりも危険な毒を持つという。見た目がグロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
「エラブウナギ」という名より沖縄で呼ばれる「イラブー」のほうが聞き慣れているかも知れない。そう、イラブー汁でおなじみのあのウミヘビである。70~150cmの胴体の断面は円形だが、尾はボートのオールのように平たい。腹は青みのある黄色で、背は褐色のものが多く暗褐色の横縞を持つ。おそろしいのは、このイラブーには猛毒がある。ハブの70~80倍もの強い神経毒を持っている。でも沖縄の人たちは知恵を働かせ、これを燻製にして大事に食べてきた。
産地のひとつである沖縄の久高島ではイラブーが6~11月に上陸して岩の割れ目や穴に産卵する。このタイミングで捕獲し、息の根を止めてから皮付きの丸のままゆでる。とり出したらウロコをとり除き、腹を絞って肛門からハラワタを取り除く。そして水洗いしてから再度ゆでる。これを燻したものが、那覇市の牧志公設市場などの店頭で見かける「イラブーの燻製」である。イラブー汁はこの燻製を使っている。
イラブー汁は王朝時代からスタミナ食として知られる。豚骨醤油風の乳茶色の汁に浮かぶイラブーは丸のままのぶつ切り。ヘビ嫌いには耐えられないだろうが、ここは勇気をふりしぼって食べて欲しい。案外とやわらかくて食べやすい。食感はやわらかめの身欠きニシンという感じだ。身が口のなかでパラパラとほどけ、骨までも食べられる。
身そのものの味はビミョーだが、ケタ違いの野生味が感じられる。そしてなんといっても汁がうまい。塩味だけでほかの調味料はいっさい使わないのに、複雑で不可解なうま味を持っている。イラブーのエキスが一緒に煮込んだ豚足や昆布のうま味成分とともに溶け込んでいるのだろう。沖縄の人たちの、イラブーを食おうと思った勇気と、ここまでの味に仕立てた独創性に感謝したい。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏