今回のお題は“ニース風サラダ”。一体どんな決まりがあるのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
ソウルフード、つまりその地域で親しまれている食べ物には越えてはならないボーダーラインが付きものだ。われわれにとっては「別にいいじゃん」と思う行為でも、地元民にとっては許せないことが多々ある。だからうかつにラインを越えてしまうと、時に「邪道」という言葉を浴びせられることとなる。
サラダは世界各地にあるものだから ソウルフードとはくくりにくいが、地名がついているサラダとなると、ソウルフード的なボーダーラインが生まれやすい。ニース風サラダ(サラダ・ニソワーズ)もそうだ。
「コーンを入れるのは駄目。マヨネーズなんてもってのほかである」
そう叫ぶのはニース風サラダが生まれた南仏の高級リゾート地、リビエラのニース風サラダ保存会「ラ・カペリーナ・ドル」である。イタリア国境に近く、フランスとイタリア、両方の個性が交ざるこのエリア独特の伝統的な食文化を守ろうと立ち上がった会だ。
保存会のメンバーによると、ニース風サラダとは本来、トマトとアンチョビ、オリーブオイルだけというシンプルなものであった。それが時を経てアレンジされていったので、保存会を立ち上げて、あれはよい、これは駄目とふるいにかけることになったという。前出の、マヨネーズ、これはなんとなくわかる。日本でもお好み焼きに対してそんなことを言う人がいるから。
意外なのは、われわれ日本人がイメージするさやいんげんとゆでたポテトが入ったニース風サラダが、駄目どころか保存会にとっては「邪道」だと切り捨てられていることだ。日本人だけではなく、フランス国内でも一般的に知られているというのに、である。
保存会が認める「正しい」ニース風サラダの材料は、先のトマト、アンチョビに加えて、固ゆで卵、ツナ、わけぎ、黒オリーブとバジルである。旬のものであれば、柔らかいそら豆や、生のアーティチョークなどを加えてもよい。さらに「正しい」つくり方は、サラダボウルの内側ににんにくをこすりつけて香りを移し、材料を加えてオリーブオイルと塩のみで味つけをすることだ。胡椒とビネガーに関しては、加えないほうが望ましいとしているが、容認はしている。
こう書くと、なんだか窮屈なサラダである。
サラダの語源はラテン語の「サル」つまり塩に由来するといわれているので、本来ならば野菜に塩をすればそれはサラダだろう。そこに地名ブランドのような背負うものが加わっていくと、途端に自由度が低くなる。さらに地元愛が強すぎるとおそらく今度は原理原則主義といわれてしまうだろう。ソウル=魂を叫ぶのにもボーダーラインが必要だ。
つちだ・みとせ 食のアレンジに対しては寛大なほうだが、味見をせずに山椒や七味をドバドバかける人を見ると気分によってはイラッとする。
文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子
※この記事はdancyu2019年5月号に掲載したものです。