葛飾の堀切菖蒲園の「富吉」では焼肉屋に必ずあるはずのものがありません。それは「焼き台」。ここでは店主が絶妙な焼き加減に仕上げてくれるので、ぼーっとしながら最高の美味しさを体験できる稀有な焼肉店です。
「焼かない焼肉屋」。このスタイルこそが、「富吉」のアイデンティティーである。
「富吉」は焼肉屋でありながら、カウンターに焼き台がない。肉を焼くのは客ではなく、店主の福島和明さん。汗だくになりながら、厨房の小さなロースターで焼いて出してくれる。自分で焼かなくていいから、ハイボールで喉を潤しつつ、カウンターに肘をついてぼーっとしながら待てばいい。
この店で一番人気のホルモン、ミノサンドが運ばれてきた。さすがはプロの焼き加減、とろとろプルプルの脂が口の中で溶けていく。肉にからんだ甘辛いコチュジャンダレが白飯を誘う。もちろん、ハイボールも誘う。一人で食べて1,500円で釣りがくる。店主は「注文が重なると大変で」と困った顔をするけれど、「焼かない焼肉屋」は肉好きにとっての番外地。独りぼっちも酒飲みも、どんな人も銀の皿の旨い肉が受け止めてくれる場所だから。
文:佐々木香織 写真:本野克佳
※この記事の内容はdancyu2017年10月号に掲載したものです。