2020年7月号の第一特集は「元気になる肉料理」です。自転車ひとつで世界をまわった旅行作家の石田ゆうすけさんは、基本贅沢ができなかったこともあり、手のこんだ肉料理を食べる機会は少なかったとのこと。しかし、時折、目を見張るような肉料理に出会った経験があると言います。石田さんが見た驚愕の肉料理とは――。
『dancyu』2020年7月号の特集は「肉料理レシピ」。ということで世界の肉料理を紹介したいと思うのだけれど、うーん、今回も難しい。僕がやった旅は諸国漫遊で、数年にわたる長旅だった。贅沢はできず、凝った肉料理を出すようなレストランとは縁がなかったのだ。
反面、移動手段が自転車だったので、田舎を巡って庶民の暮らしと交わり、ときには泊めてもらって現地の家庭料理を味わう、という経験には恵まれた。その日常的な食事が、肉料理となるといやにシンプルになる印象がある。ただ肉を焼いただけ。塩胡椒すら各自で行う。「これは料理か?」とはじめは思ったが、欧米の家ではそれが続いた(ご馳走になっておいて申し訳ないんだけど、料理にケチをつけているわけじゃなくて比較文化論なんです、お世話になったみなさん!)。
もちろん例外もある。その調理法に感心し、帰国したら自分でもつくろうと思った料理が(まだ一度もつくっていないが)、イタリアの田舎の家でご馳走になったミートローフだ。その名もポルペットーネ。挽肉の塊のなかにゆで卵や野菜が入っている、とここまではよくあるが、肉自体の旨味に驚いた。なんだこりゃ、肉のコクだけじゃないな、そう思って訊いてみると、おろしたパルミジャーノ・レッジャーノを挽肉に入れてこねているらしい。
逆に「絶対ムリ!」と思った肉料理もあった。ドイツの友人家族の家に泊まったときのことだ。朝、生の豚挽肉が皿にのって出てきたので、僕は「は?」と首をひねった。皿の上で平らにならされている。その見た目から、もんじゃ焼きみたいに焼きながら食べるのかな、とぼんやり考えていたら、彼らはそれをそのままパンに塗り、塩胡椒を振って食べ始めたのだ。いま目の前で何が起こっているんだ?と混乱しながら、「それ豚肉だよね?」と聞いてみると、友人は平然とした顔で「そうだよ」と言う。
「生で食えるの?」
「食ってるけど」
理解の範囲を越えた体験は、後から振り返ると夢でも見ていたような気がしてくる。前回の「世界のラーメン」第1話に紹介した“物差しで切る麺”も、書いているうちに「あれはほんとにあったことだろうか?」とだんだん不安になってきて、たまらずネットで検索してみたところ、それらしい情報が一切見つからず、ますますあやふやな気持ちになってしまった(結局記憶を信じて書いたけれど)。
この生の豚挽肉も「ありえなくない?」と思い始め、再びネットで検索してみると、なんと実在した。その名も「メット」。厳しい規格をパスした肉だけがメットとして人の口に入るのだそうだ。
生肉を食べる習慣といえば、日本や韓国、北極圏のイヌイットはよく知られていると思うが、フランスにもタルタルステーキというユッケのような料理があるし、僕は未訪だがエチオピアでもぶつ切りにした生の牛肉が食べられているらしい。
でも豚肉の、しかも足の早い挽肉を生で食べるという習慣を持っている国は、僕が見た限りではドイツだけだった。ついでにいえば、出されて口をつけなかった料理もあれだけだ。
文:石田ゆうすけ 写真:打田浩一