はらぺこ本屋の新井
わたしと彼女のおから事情

わたしと彼女のおから事情

食生活が似ている女性に、親近感を抱いた新井さん。それは、友達でも同僚でもなく、漫画世界の住人でした。

専用の綿棒で口の中を擦り、試験管に収めてポストへ投函したのは、約1ヶ月前のこと。肥満遺伝子を調べる検査キットで、死ぬまで変わらない、私の遺伝的体質が宣告された。

《脂肪がつきにくい。だが筋肉もつきにくいため、加齢とともに基礎代謝が低下すると、急激に太る。》

オーッ。そんな、上げて叩きつけるみたいな予告をされるなんて。しかし、その「急激」が来年なのか、20年後なのかはわからない。やって来る前に死んでいるかもしれない「急激」より、今の私は、明日のお肌を心配したほうがいい気がする。

脂質の摂り過ぎだとは薄々気付いているが、常に吹き出物ができているのだ。同年代の友人が美肌効果を感じたという、噂のアーモンドミルクを毎日飲むことにした。しかし、お腹のためにはヨーグルトドリンクも、女性ホルモンのためには豆乳も、骨粗鬆症のためには牛乳も、成人病のためには青汁も飲んでおきたい。全部飲めば腹を壊すだろう。

あした死ぬには、』は、映画宣伝会社に勤める多子さんが、激しい動悸で目を覚ますところから始まる。満員電車では異様に汗をかき、職場では常にイライラが絶えない。

42歳、ひとり暮らし。やりがいのある仕事に就き、忙しい日々を送る彼女だが、朝はキウイジュースを作る。包丁で剥いて、使ったジューサーを洗うのだ。つまり多子さんは、時間がない中でも、生活はそこそこ大切にしているし、見た目を気にする気持ちもある。しかし必要なのは、ビタミンだけではなかった。

またも襲う激しい動悸、手足の冷え、発汗。婦人科の門を潜って以来、ごはんには納豆をかけ、積極的に豆乳を飲むようになった。さすがに飽きを感じた頃、ビニールに入って50円という「おから」が目に留まる。ずいぶん安い、大豆イソフラボンだ。しいたけ、こんにゃく、ささがきにしたごぼうで炊くと、大量に出来てしまい、ジップロックに詰めて会社に持って行くことにした。だが、部下の三月ちゃんには「おから食べないっスねー」と断られる。若い彼女はまだ、健康のために食べるものを選ぶ時ではないのだろう。

日々の食事は、自分の体調や、無性に食べたいものや、取り入れた情報によって、毎日毎食、選択している。だから、その人の食生活が見える漫画には、温度が感じられる。実感がある。肩が痛くなったり、涙もろくなったりと、少しずつ変わっていく身体に翻弄される多子さんが、デスクを並べる三月ちゃんより近い場所で、生きているような気がしてくるのだ。

その証拠に、私の冷蔵庫には今、大きなタッパーがある。大量に炊きすぎたおからだ。

豆腐屋のおからは、ひとり暮らしには量が多すぎる。

今回の一冊 『あした死ぬには、』雁 須磨子(太田出版)
20代ほどがむしゃらじゃない、30代ほどノリノリじゃない。40代で直面する、心と身体の変わり目。突然の病気、更年期障害、取れない疲労、美容の悩み、お金の不安、これからの人生プラン……私のあしたはどうなるの?切実に生きる女子たちの「40代の壁」を描くオムニバス漫画。

文:新井見枝香 イラスト:そで山かほ子

新井 見枝香

新井 見枝香 (書店員・エッセイスト)

1980年、東京生まれ下町(根岸)育ち。アルバイト時代を経て書店員となり(その前はアイスクリーム屋さんだった)、現在は東京・日比谷の「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で本を売る。独自に設立した文学賞「新井賞」も今年で13回目。著書に『この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ』(秀和システム)、『本屋の新井』(講談社)など。