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トロピカルな香りの"フラミンゴ"焼酎を知っていますか?

トロピカルな香りの"フラミンゴ"焼酎を知っていますか?

鮮烈で圧倒的!トロピカルな柑橘系フルーツ!むせ返るほどの甘く爽やかな香りで、まったく新しい焼酎の世界を切り拓いた酒である。造り手は、「いも麹芋」「安田」などで知られる鹿児島、国分酒造の安田宣久杜氏。ノンフィクション作家の山田清機さんが、「フラミンゴオレンジ」の魅力に迫る。

心踊る“香り”これが次世代を拓く芋焼酎!

安田宣久●1951年大阪生まれ。 1978年鹿児島大学農学部卒業。薬品会社を経て1986年国分酒造に入社。1992年に杜氏に就任、現在に至る。2017年に厚生労働大臣より平成29年度「現代の名工」を受賞。鹿児島を代表する杜氏の一人。
「フラミンゴオレンジ」写真のボトルは、2019年発売のもの。販売は特約店のみ。発売時期は2020年は3月、6 月を予定。発売時期と販売店は国分酒造にお問い合わせください。

鹿児島には坂が多い。
県の中央部、霧島市国分川原にある国分酒造も、いかにも鹿児島らしい坂道の途中にある。国分平野を縁取る小高い山を検校川(けんこうがわ)に沿って上っていくと、のどかな里山の風景のなかに3本の貯蔵タンクがひょっこりと顔を出す。

レギュラー酒の「さつま国分」は地元で愛飲される芋焼酎らしい芋焼酎だが、実はこの蔵、これまで革新的な芋焼酎をいくつも世に送り出してきた、一風変わった蔵なのである。

1988年には丸のままのさつまいもで麹を造り、100%さつまいもで仕込んだ「いも麹芋」を世に送り出して芋麹の世界を開拓した。そして一昨年、時代を画す途轍(とてつ)もない芋焼酎を、再び生み出してしまったのだ。その名も、“フラミンゴオレンジ”――。

名前を聞いただけではいったいどんな酒なのか想像もつかないが、このユニークな名前をもつ芋焼酎、発売されるやいなや東京の酒販店では店頭在庫があっという間に蒸発してしまうほどの人気を博し、しかも、これまで焼酎に縁のなかった若い女性たちが好んで買っていくというのである。

果たしてその正体や、いかに。

芋焼酎からモノテルペンアルコールが香る

蔵の案内を買って出てくれた社長の笹山護は、斬新な焼酎を連発しているわりには拍子抜けするほど物腰の柔らかな人物である。それもそのはず、先代の跡を継ぐまでは都市銀行でシステム開発の仕事に従事していたという。

蔵の周囲には芋の貯蔵庫があり、大量のさつまいもがトン袋に詰められた状態で熟成を待っていた。「これはツルナシゲンヂで、ヤスダにします。収穫してから2週間ほどねかせますが、そうすると、自然に香り成分が出てくるのです」

たしかに貯蔵庫からは、かすかにフルーティーな香りが漂ってくる。それにしてもツルナシゲンヂとは?ヤスダとは?何のことだかさっぱりわからない。

笹山によれば、ツルナシゲンヂは“蔓無源氏”。明治末年から昭和40年頃まで鹿児島で栽培されていたさつまいもの品種で、ほぼ絶滅状態だったものを国分酒造の杜氏が農家に頼み込んで復活させたという。

一方のヤスダは「安田」。その杜氏の苗字であり、蔓無源氏で仕込んだ芋焼酎に冠せられた名前でもある。

「安田」は香り成分、モノテルペンアルコールを大量に含むという。「モノテルペンアルコールは白ワインと同じ香り成分であると同時に、芋傷み臭の原因にもなる、両刃の剣なんです」

芋傷み臭とは傷んだ芋や腐った芋で仕込んだときに出てくる代表的なオフ・フレーバーで、芋焼酎の杜氏が最も警戒する臭いである。

熟成させた芋で仕込む「安田」は、それと同じ成分を一般的な芋焼酎の倍も含みながら、マスカットやライチのように高貴な香りがする芋焼酎として焼酎ファンに珍重されている。

そしてどうやら「フラミンゴオレンジ」とは、「安田」と同じくモノテルペンアルコールを多く含み、妙なる香りを放つ芋焼酎であるらしいのだ。

フラミンゴの羽根の下から、長い脚がチラリと覗いて見えた。

強く、芯のある、そして爽やかな香り

右が国分酒造の笹山護社長。人当たりのいい誠実な人柄で、地域や酒類業界からの評価が高い人物だ。左が杜氏の安田宣久さん。

国分酒造の杜氏、安田宣久は2017年、厚生労働大臣から「現代の名工」の表彰を受けている。名工という言葉には伝統技能の継承者というイメージがつきまとうが、笹山の話を聞く限り、安田はまるでそういうタイプではない。

安田は当日の蒸留が終わるまで蒸留機の前を離れられないというので、応接室で安田を待つ間、笹山がすでに蒸留を終えた「フラミンゴオレンジ」を試飲させてくれることになった。

テイスティンググラスに注がれた透明な液体に鼻を近づけると、思わず、ピストルで腹を撃ち抜かれた松田優作のような叫び声が出てしまった。

「なんじゃこりゃあ!」

「フラミンゴオレンジ」は“いも麹”とさつまいもで造られた、歴とした芋焼酎である。ところが、グラスから立ち上ってくるのはマンダリンを想起させる柑橘系の香りなのだ。しかも“ほんのり”などという生易しいものではない。強く、芯のある、そして爽やかな香りだ。

生のまま舌の上で転がしてみると、最初はドライに感じる。甘味は薄く、芋焼酎におなじみの焼き芋のようなホクホク感もない。だからといって、まったく芋を感じないのかといえば、喉に流し込んだ後、かすかに芋の風味が残るのだ。それが柑橘系の酸味や刺激を矯(た)めて、酒質にほどよい円(まろ)やかさを与えている。

芋焼酎だと思って飲むと肩透かしを食うが、飲み進むうちに芳香と爽快な味わいにうっとり魅了されてしまう。

ほどなく、ヤッケ姿の安田が応接室に現れた。安田はなぜ、こんな不思議な酒を造ろうとしたのだろう。

「インパクトだよなぁ。鹿児島県内の人は昔ながらの芋焼酎を飲んでくれるけれど、県外ではインパクトがないと売れないからな」

安田はあごひげを撫でてから、飄々(ひょうひょう)とした口調で語りだした。

「フラミンゴオレンジ」の原料はサツママサリという芋だ。サツママサリは「安田」に使う蔓無源氏と違い、熟成させなくてもそもそも香りが高いという。

芋焼酎の原料といえばコガネセンガンが主流だが、安田は以前からほかの蔵が使わない芋にこだわり続けてきた。

「そうしないと、差別化ができないだろう。コガネセンガンは昭和40年代からずっと鹿児島でつくっている芋だから、つくり方が農家の人の体にしみ込んでる。だから簡単に栽培できるわけだけど、僕はコガネセンガンから脱却したかった。芋の品種を替えれば焼酎の味が変わることはわかってるのに、伝統を守るというのかな、みんなチャレンジしないんだよ」

蔓無源氏とサツママサリでコガネセンガンの世界からの脱却を果たした安田は、「フラミンゴオレンジ」を造る過程で、もうひとつの偉大なエクソダスを達成していた。減圧蒸留である。

減圧蒸留とは、蒸留機内部の圧力を下げて低い温度で蒸留を行なう方法だが、これまで芋焼酎のもろみは粘り気が強いため減圧には向かないと考えられてきた。実際、米焼酎や麦焼酎では盛んに行なわれている減圧が、芋焼酎の世界ではほとんど行なわれていないのだ。

「少し前に、『いも麹芋』という長年造ってきた焼酎をテコ入れすることになったんだけど、いも麹で仕込んだもろみは粘度が低いことがわかっていた。だから、減圧で行けるんじゃないかと思ったんだよ」

常圧の場合、もろみを100℃以上に熱するが、減圧の場合は50℃程度で蒸留ができ、飲み口の軽い、淡麗な酒質になるといわれる。芋焼酎の世界で減圧が行なわれてこなかったのは、粘度の問題もさることながら、芋焼酎に軽さは不要という固定観念があるからかもしれない。

安田はあえて、「いも麹芋」のテコ入れに減圧蒸留を採用した。“芋焼酎は常圧”という固定概念の突破を試みたのだ。

予想通り、あっさりとした飲み口の焼酎に仕上がり、その酒は「いも麹芋 丸造り」と名づけられた。いも麹なら減圧で行けるという読みは当たったのだが……。

「インパクトがなかったなぁ」

残念なことに「いも麹芋 丸造り」の反響はいまひとつであった。常圧蒸留からの脱却は果たしたものの、何かが足りなかった。

「そこに、この人(笹山)が”香り酵母”っていうのを探し出してきたわけだ」

笹山が言う。

「『いも麹芋 丸造り』の2年目の仕込みをどうしようかと悩んでいたとき、たまたま参加した勉強会で香り酵母の存在を知ったのです。酵母を替えたら酒質が変わるかもしれないと思いました」

香り酵母(鹿児島香り酵母1号)は、鹿児島県工業技術センターが開発した酵母である。開発から20年間は特許がかかっていたが、ちょうどこの年の秋から、鹿児島県内の蔵元への販売が始まったのだ。

「いも麹芋」から受け継がれた丸のままのいも麹、芋焼酎には珍しい減圧蒸留、発売されたばかりの香り酵母。三枚の駒がピシャリと揃った。

「まさに、奇跡の出会いだったな」

仕込みを終えて2日目、発酵の始まったもろみのタンクを覗き込んだときのことを、安田は鮮明に記憶していた。

「ものすごくいい香りがするのよ。それを嗅いだ瞬間、パーッと目の前が拓けたな。芋傷み臭を突き抜けたら、芋焼酎に香りの世界が拓けたんだよ。これで新しい展開ができるって、感動したな」

柑橘系の芳香を放つ芋焼酎は、新たに「フラミンゴオレンジ」と命名された。まったく新しい芋焼酎の誕生である。

フラミンゴが優美な翼をふわりと広げて、大空に舞い上がった。

現代の奇跡!?フラミンゴオレンジって何だ?

一、芋は、フルーティーで緻密なサツママサリ

「フラミンゴオレンジ」を仕込むさつまいも品種は、すべてサツママサリ。
一般的なコガネセンガンと比べて緻密で重量があり、フルーティーな香りをもつ。
仕込みの最初に切り落とした芋のへたから、「フラミンゴオレンジ」を思わせる甘い香りが漂ってくるから不思議だ。

二、麹は、オリジナルの丸造りの芋

“芋麹”を使った芋焼酎はほかの蔵でも造られているが、大半は乾燥させたチップ状の芋麹で、生の丸芋から蔵で芋麹を造っているのは国分酒造だけといわれている。

三、酵母は、鹿児島香り酵母1号

鹿児島香り酵母1号は、大口酒造の「伊佐舞」、吉永酒造の「甑州」などで使われてきたもの。国分酒造でもこれを採用することで、比類なき香りをもつ芋焼酎「フラミンゴオレンジ」が生まれた。

四、もろみの段階で、トロピカルな柑橘系の香りが

コガネセンガンと比べてやや黄色が強いのはサツママサリの芋の色だ。発酵が進みボコボコい ってくると、柑橘系のトロピカルな香りが立ち上ってくる。
米麹を使わない、さつまいもだけの美しく香り高いもろみである。

五、蒸留は、もろみの風味を生かす減圧蒸留を採用

「フラミンゴオレンジ」のハナタレと呼ばれる蒸留当初の焼酎は、グレープフルーツのような香りがする。
蒸留は減圧蒸留。さつまいものもろみは粘度が高く、「最初は蒸留した後の粕が流れなくて脂汗が出たよ」と安田杜氏。

新鮮なサラダやフルーツによく合う新しい芋焼酎

夜、「フラミンゴオレンジ」の名づけ親だという伊勢五本店(東京都目黒)の篠田俊志も合流して、国分酒造に近い居酒屋で酒になる。

鹿児島特産の黒豚、地魚、地野菜の皿が並び、「さつま国分」「蔓無源氏」「いも麹芋」「安田」「フラミンゴオレンジ」と国分酒造のオールスターが顔を揃えた。安田の麹談義、蒸留談義に熱がこもる。

「『フラミンゴオレンジ』は、減圧蒸留が軽い焼酎を造るだけではないことを気づかせてくれたんだよ」

常圧蒸留はもろみを高温で煮る。だからもろみが変性してしまう。一方の減圧蒸留は「生きたもろみを生きたまま」蒸留する。煮魚と刺身の違いといえばいいだろうか。だから、仕込みごとに異なるもろみの個性が、そのまま酒質にトレースされると安田は言うのである。

「ダサいさつまいもから、白ワインと同じ香りをもった酒ができるなんて面白いだろう。芋に対する考え方が変わるよな。僕は昔から、芋焼酎もワインみたいにその年その年の味が出せればいいと思っていたんだ。酒は狙いどおりに造ろうと思って造れるものじゃないからな。何度も言うけれど、焼酎造りは神頼み。造ったんじゃなくて、できちゃったもんなんだよ」

名づけ親の篠田によれば、「フラミンゴオレンジ」は和食店だけでなく、洋食店からの引き合いも多いという。

「新鮮なサラダやフルーツによく合いますね。飲み方は炭酸割りもおいしいですが、前日に一対一で先割りしてよく冷やし、氷を入れずに冷やしたワイングラスに注いでいただくと味が崩れません。香りを保つために、冷蔵庫で保存することをおすすめしています」

ところで、「フラミンゴオレンジ」のオレンジはわかるとして、どうしてフラミンゴなのだろう?

「えーっと、いまの若い人はジャンルにこだわらずにおいしいお酒だから飲むという人が多いんです。ですから、これまでの芋焼酎のイメージとはまったく違う新しいお酒だということで、オレンジにつなげる言葉はないかと探していくうちにですね、えーっと……」

フラミンゴがくすりと笑った。

(本文中敬称略)

安田杜氏が「いつまでもいられる大好きな場所」というのが蒸留機の前。分解したり、新たに部品を加えたり、蒸留機を改造するのも大好きという。
蔵の中は自転車で移動。いつも飄々として自然体な安田杜氏だ。

国分酒造

レギュラー酒は「さつま国分」。1998年に100%さつまいもだけで造った「いも麹芋」、2001年に大正時代の造りを再現した「大正の一滴」、2006年に大正時代のさつまいもを復活させた「蔓無源氏」、2013年にライチの香りで魅了する「安田」、2014年に明治時代の家庭用蒸留機ツブロ式蒸留機を作成して造った「維新ノ一滴」、そして2018年に「フラミンゴオレンジ」と、とびぬけて個性豊かな商品をもつ蔵だ。

お問い合わせ情報お問い合わせ情報

【住所】鹿児島県霧島市国分川原1750
【電話番号】0995‐47‐2361
【E-mail】sckokubu@po.synapse.ne.jp

国分酒造公式サイト

文:山田清機 写真:磯畑弘樹

※この記事の内容はdancyムック「読本 本格焼酎。」に掲載したものです。

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