世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
シルクロード越えのお供は"八宝粥"|世界のお粥②

シルクロード越えのお供は"八宝粥"|世界のお粥②

すっかりお粥にはまった旅行作家の石田ゆうすけさんは、各国のお粥を食べ歩きます。2020年5月号第二特集「お粥」の世界がさらにひろがるエッセイをお楽しみください。

果敢に各国のお粥に挑戦!

それ以来、粥を見かけると進んで食べるようになった。
ベトナムの田舎を自転車で走っていると、「Chao Luon」という看板を掲げた店が次々に現れた。Chaoは粥だが、Luonってなんだろう?
辞書で調べると(スマホがなかった時代で、英語と現地語の辞書を現地で買いながら旅していた)、鰻らしい。鰻粥!サウンズグッド!
頼んでみると、思っていたのとは違うものが出てきた。粥に浮かんでいるのは、人差し指ぐらいの長さの、赤黒い、ヌメヌメ光る、鰻というよりは細長いヒルといった物体で、腸のようにクネクネ曲がっていたり、とぐろを巻いていたり、まるで生きたまま熱々の粥に入れられ身悶えながら料理になった、といった風情の一杯だった。ルックスバッドだった。どうやら日本のあの鰻ではなく、タウナギのようだ。
食べてみると、プリッと身が締まっていて、粥のいいアクセントになっているが、ちょっと泥臭い。顔をしかめるほどではないし、完食はしたが、それが最初で最後の鰻粥になった。きっと2回目に食べるともう少し旨いのだろう。3回目になるとたぶん、病みつきだ。あれだけ店が並んでいたんだもの。

アジアはお粥天国

粥の印象をいい方向へともう一段広げてくれたのは、このあと訪れた中国だった。
かの国ではたいてい朝食に粥を食べる。
ただ地域によって違う。東南アジアに行く前に訪れた中国北西部の新彊ウイグル自治区では、粥を一切見かけなかった。朝食は主にウイグル族のパンであるナンや、揚げパン、蒸しパンのマントウだ。

その後、東南アジアを巡り、ベトナムから再び中国に入った。
中国南部では、朝になると粥の露店や屋台がたくさん出た。日本の白粥と同じで、具は入っていない。タイの粥ほど糊状ではなく、米の形はかろうじて残っている。それでものど越しのよさが粥の魅力なんだな、と思うぐらいトロトロと軟らかい。ほのかに旨味もついている。1杯30円程度という値段を考えると、旨味調味料を入れているだけかもしれない。なにしろ屋台だ。
特筆すべきはトッピングなのだ。大豆の煮たの、小魚の揚げたの、ナスやインゲンの炒めたの、ザーサイなど漬物類、エトセトラ、多い店だと20種類ぐらいあって、なんと全部無料。ずらりと並んだおかずから好きなものを好きなだけとって粥にのせる。さまざまな味が粥に染み出し、淡泊な白粥が何色にも変化する。その旨さ、おもしろさ、そして白湯を飲むようにさらさらと胃に入っていく食べやすさ。これほど朝にぴったりな食事もない。粥嫌いだった僕が毎朝粥を欠かさなくなった。

「八宝粥」は非常食にうってつけ?

その後、中国南部の桂林から再び新彊ウイグル自治区に飛ぶと、やはり朝の屋台群から粥屋が消えた。
ある日、食堂で知り合った中国人から「これ食えよ」と粥のようなものをご馳走になった。白粥ではなく、豆やナツメ、クコの実などが入った茶色い粥だ。食べてみると、甘い。
甘い粥というのは珍しくなく、たとえば中南米には牛乳で米を甘く煮た牛乳粥「アロスコンレチェ」がある。ただし、あれはお菓子だ。中国でこのときごちそうになった粥はそこまで甘くない。小豆が入っているから、お汁粉の味にちょっと似ているが、ほかにも数種類の豆が入っていて、味が七色に変化する。豆好きの僕にはたまらなかった。
訊けば「八宝粥」というものらしい。やっぱり中国は末広がりの「八」が好きなのかもしれない。
数日後、商店の冷蔵庫で「八宝粥」と書かれた缶を偶然目にし、小躍りした。こんな形で売られているんだ。缶にはプラスチックの小さいスプーンまでついている。
買って食べてみると、店の八宝粥にかなり近いクオリティだったし、何より冷たいのがいい。小さいスプーンですくって食べるのももどかしく、缶を口で受けてスプーンで流し込む、という食べ方になった。
その缶を大量に買い込んだ。自転車でシルクロードの砂漠を越えようとしているところだったのだ。非常食にもってこいじゃないか。重いのが難点だが、この味なら多少ペダルが重くなってもいい。運んでいこう。
正しい判断だった。灼熱の砂漠で食欲を失っても、八宝粥ならさらさら食べられた。ただ、致命的な欠点もあった。旨すぎて次々に缶を開けてしまい、非常食にならなかったのだ。

――つづく。

文:石田ゆうすけ 写真:福尾美雪

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石田 ゆうすけ(旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。