東京から諏訪に移住した大塩あゆみさんが開いた「あゆみ食堂」。決断の日から一年を経て、ついに迎えた初営業。果たして、どんな一日になるのだろう。
長野県諏訪市で「あゆみ食堂」が初営業を迎えようとしていた。
厨房の中では、店主の大塩あゆみさんと東京から手伝いにきた井上翠さんが、鍋をグツグツ、コトコト。
「あゆみさんから、諏訪で食堂を開くって聞いたのが一年前ぐらいかな。今日まであっという間だったわ」
客席の準備を終えたあゆみさんのお母さん、大塩もとみさんが感慨深そうに呟いた。
店を開くには、細かな契約や登録が必要。たったの一年で物件を探して、内装をつくり変えてオープンするのは簡単ではなかったはず。
「決めてからが本当に早かったの。あゆみさんは昔から気になったことや、やりたいことにはどんどん入り込んでいく性格だったから」と、目尻を下げるお母さん。
あゆみさんから異郷の地で店を開くと聞いて、お母さんはどんな気持ちだったのですか?
「不安はなかったですよ。むしろ東京にいるより良いなと思いました。都会は刺激も多いけど、立ち止まれないじゃないですか。自分の生まれ故郷じゃなくても、あゆみさんの周りには、素敵な仲間がたくさんいるしね」
いままで助けてくれた人たちの気持ちに応えていこう。みんなを笑顔にする料理をつくり続けていこう。
あゆみさんが店を開くと決めて、そんな言葉を交わしたそうだ。
お母さん、初営業を前にして自分のことのように嬉しそう。
「12時だし、オープンしようか」と声をかけるあゆみさん。
富士山型の看板を外に出して、初営業がいよいよ始まる。
看板を出すと、店の外にはすでに開店を待っている人たちがいた。
店内へと案内され、厨房にいるあゆみさんに祝福の言葉をかけている。最初の客は、内装を手掛けた「リビルディングセンター」のスタッフたちだった。
その後も、人の流れは途切れない。オープンして15分後には、20席ほどあった店内が満席になった。
あゆみさんは、忙しそうにひらりひらりと舞っている。
初めてのランチメニューは、店を訪れてくれた人が午後も元気に過ごせるようにという想いを込めて、“定食”をイメージしたそうだ。
茶碗にこんもり盛られたピカピカの白米と、湯気が立っている味噌汁、長野県の食材を中心につくられた惣菜が、客席へと運ばれていく。
ランチメニューを夢中で頬張る人たちは、老若男女。酒蔵の蔵人さん、近所に住むおばあちゃん、裏手にある高校から昼休みに抜け出してきた男子学生三人組、SNSで「あゆみ食堂」がオープンすることを知って、他県から飛んできたという女性二人組もいた。
客席に座りきれないほどの人が訪れ、入店待ちになる場面もあった。13時30には、十分に用意していたはずのランチメニューがすべて売り切れ。
「あゆみ食堂」の初営業は大盛況の中、幕を閉じた。
――つづく。
文:河野大治朗 写真:阪本勇