最後の「カシミール」。
最終営業日、僕は「カシミールカレー」を噛みしめた。

最終営業日、僕は「カシミールカレー」を噛みしめた。

神奈川県横浜市、JR鴨居駅の駅前にあるカレーハウス「カシミール」。1978年創業のこの店が、2020年2月29日をもって閉店した。僕は、36年に渡ってこの店に通い続けた。ここで食べたのは、99.9%がカシミールカレーだった。

36年に渡って通った「カシミール」が閉店するという。

いつかその日は来ると思っていたけれど、やっぱり突然なのだった。

「来月末でお店を終わりにしようと思うんですよ」

今年1月、ぼくはいつものように横浜は鴨居にある、カレーハウス「カシミール」を訪れた。いつものように。すると、カウンターで手をとめた店主の輿石州司(こしいししゅうじ)さんが、言ったのだ。その言葉がしばらく現実とは思えなかった。13歳のとき、初めてこの店に来た。以来36年通ってきた。

階段
鴨居駅前オレンヂビルの2階。「カレーハウス」の矢印の先に「カシミール」はある。
入口

「ああやって雑誌に書いてくれて、実際にお客様が増えましたし、ありがたいことでした、ほんとうに」
『dancyu』2017年6月号のカレー特集号で、僕はこの店のことを書いた。ほとんどラブレターであった。今読むとちょっとデーっとなるくらい、どのくらいこの店が好きか、ねちねちと書いた。
日頃、編集者に「もっとさらけ出して」なんて言われるとお腹が痛くなるけれど、この時は積極的にさらけ出した。おかげで、それ以来、お店に行くと輿石さんと、ちょっとお話しをするようになった。

輿石さん

それまで、僕は、わりとストイックにカレーを食べていた。
それは輿石さんの料理をする姿が、芯からストイックだったからだ。話しかけたりしてはいけない、そう思い込んでいた。

僕はカシミールカレー原理主義だった。

30年以上通って、食べたのは99.9%カシミールカレーだった。あとは、サラダとタンドーリチキンを一緒に頼むケースがそのうちの6割。ほかのカレーを頼んだことはたった1回しかない。
たった一度、カシミールとインドカレーを同時に頼んだことがあった。勝手にあいがけしたら、ものすごく旨くて、これは天国の味だから生きているうちに無闇にやってはいけない、とすら思った。
たった一度、浮気したインドカレーはカシミールに比べて辛味がすこし控えめで、酸味がすこし多い気がした。色味も香りも全然違う。ものすごく旨かったけれど、「これっきりにしようね」とハッキリ言ったわけではないけど、それっきりだった。

メニュー

とどのつまり僕はカシミールカレー原理主義だったのである。
だって、こんなカレーないですよ、ほんとに。
人を語るのに不世出(ふせいしゅつ)という言葉を使うけれど、鴨居というなかなか鄙びた町に生き続けたカシミールカレーは、カレー界の不世出の一品だったのだ。

カシミールカレー
「純インド風 極辛口 カシミールカレー」。さらさらとしたカレーは、粒の立ったライスにかけるそばからスッとしみこんでいく。

この町ではカレーはカレーライスこそが主力だったのである。

輿石さんがカレーの世界に入ったのは、叔母の夫が、あの「デリー」の創業者だったからだ。
輿石さんは、当時新宿にあった支店で修業を重ね、30歳を過ぎて独立した。1978年のことだった。

「当時、カレー屋ってのは、独立する人が意外に少なかったんですよねえ。思うより重労働なんですよ。仕込みで何十kgという玉ねぎを炒めるでしょ。あれだけでも、なかなか1人じゃ続かないんですよ」

輿石さん

それでも独立を目指した輿石さん。はじめは伊勢佐木あたりの物件を物色していた。ところが縁あって、当時、大手企業による宅地開発などによって、発展に加速度がつきはじめたこの町の駅前のビルに物件を見つけた。
まだまだ右肩上がりの未来しか描けなかった時代だったけれど、それでも不安だった。町はどこから見ても「ザ・郊外」。しかも店は2階。果たしてやっていけるのか輿石さんは不安でしかたなかった。

それに、時代が時代だったのだ。今では給食でナンが出るのも当たり前だけれど、当時、カレーといったらラッキョウと福神漬けしか思い浮かばない人だらけだったのだ。スパイスを仕入れようにも横浜では揃っている店は「明治屋」1軒くらいしかなかったそうだ。
そんななか輿石さんは、
「横浜に数軒だけあったインドカレーの店をまわってみて、『よし、これならいけるぞ、負けないぞ』って思いましてね(笑)。カレー以外の料理もいろいろ用意したんです。サモサなんて、皮を作るのも、自分でビール瓶を転がして伸したりして、もう大変で」

ところが、当時、横浜とはいえ、郊外ののんびりした沿線の駅前では、カレーライス以外は、なかなか浸透しなかった。
逆に輿石さんは
「新宿の店の頃は、大盛りをたのむ人なんてほとんどいなかったんですけど、ここでは、大盛りの注文がドシドシ入りました」

カシミールカレー

この町ではカレーはカレーライスこそが主力だったのである。開店以来試行錯誤しながら、店のかたちは徐々にできあがり、開業から2年後にはほぼ完成した。それは、ストイックな町なカレー屋さん、だった。カレー約8種類にタンドーリチキンとサラダ。あとはカレーがダメな人もいけるビーフシチューとスパゲティ。きっぱりしている。

それから何度、僕は、この店を訪れたのだろうか。何年もの間、この町というか日本を離れていた時代もあった。その頃、帰国したら真っ先にカシミールカレーを食べた。飛行機に乗る直前にバナナリーフの上にのっかったカレーを手で食べたばっかりでも、カシミールカレーを食べたくてしかたなかった。
こんなカレー、ほかになかったのだ。

――つづく。

文:加藤ジャンプ 写真:石渡 朋

加藤 ジャンプ

加藤 ジャンプ (文筆家)

1971年東京生まれ。横浜と東南アジア育ち。一橋大学卒業後、出版社勤務をへてフリー。酒と酒場、肴と酔っ払いを愛し、コの字酒場探検をつづける。著書に「コの字酒場はワンダーランド」(六耀社)などがある。テレビ「二軒目どうする?」(テレビ東京系)のおつまみさんとしても出演。ときどき絵も描く。