「ラハメン ヤマン」は江古田駅から徒歩5分ほどの場所にあるラーメン店だ。店主はアフロ、BGMはレゲエ、初めて訪ねた人はちょっとびっくりするかもしれないけれど、出てくるラーメンは旨味調味料に頼らない、超真面目系。そのギャップがまたたまらないのである。
東京は練馬区の江古田にある「ラハメン ヤマン」。初めてこの店に行ったのは、かれこれ8年近くも前のことだ。「江古田に評判のいいラーメン屋がある」と知り、意気揚々と出かけたものの、店頭ではためくジャマイカ国旗に私は思わずたじろいだ。
本当にラーメン屋?この店で……間違えてないよね?
看板と地図を何度も何度も見返したあの日のことを、今でも鮮明に覚えている。
店を訪ねるのはしばらくぶりだったけれど、軒先では、ジャマイカ国旗が変わらず揺れていた。あの日のドキドキが胸に蘇る。ガラス窓からちらりと中を覗いて、私はそっとドアを開けた。
木製のエル字型のカウンターや丸椅子は、年季が入って以前よりも少し渋味が増したようにも思える。でも、壁一面に貼られたレゲエのレコードジャケットやポスター、BGMで流れるレゲエ・ミュージックはあの頃のまま。そう、そう、このラスタな感じ!「店主!私、ヤマンに戻ってきましたよ!」。平静を装いながら、私は心の中でそっとつぶやいた。
ジャマイカンビール「レッドストライプ」をゴクリとやってから、アフロヘアの店主に恐る恐る話しかけてみた。さっきドアを開けた時から、ずっと気になっていたこと。
「あの……髪型、変えました?」
だって、私の知っているずっと前の彼は、ドレッドヘアだったから。当時、働いていたスタッフもドレッドヘア、もう一人のスタッフはアフロヘア。BGMのレゲエを聞きながら、「なんてパンチの効いた店に来てしまったのだろう」と息を殺しながらラーメンを待っていたことを思い出した。
「ドレッドはラーメン屋には向かないよね、だって汗が乾かないから(笑)」
店主の町田好幸さんはそう答えた。
たしかに、ラーメン店の夏場の厨房はサウナ並みに暑い。
「毎日、毎日ドライヤーで乾かすのが本当に大変で」と、苦笑いをしながらイメチェンの真相を話してくれたけれど、大変なドレッド生活を結局5年も続けていたと聞いて、今度は私が笑ってしまった。
場が和んだことに気を良くして、屋号の「ヤマン」についても訊ねてみる。
「由来はパトワ語の“Yah Man!(ヤーマン)”から。現地では、『よう!』っていう挨拶にも使うし、『そろそろやっちゃいますか!』みたいな時にも使うポジティブな言葉なんです。店でかけているレゲエでも、時々『ヤーマン!』って叫んでいますよ」
慌てて、BGMに耳を傾けてみたけれど、そうタイミングよく「ヤーマン!」のシャウトは聞けなかった。
でも、なんで、ラーメン屋とジャマイカを融合させようと思ったんだろう?
「最初はヒップホップから入って、ダンスホールレゲエ、ルーツロックレゲエと、ジャマイカの音楽にハマっていったんです。ラーメンは元々食べ歩きをするぐらい好きだったし、大好きなラーメンとレゲエが一緒になったら、なんて幸せなんだろう!と思って」
聞けば、ラーメン店だけでなく、中華料理店で修業を積んだこともあるそう。
「じゃあ、ヤマンはレゲエが流れる中華料理店になっていたかもしれないってことですか?」とたずねると、町田さんは「かもしれなかったですね」と笑った。
さて、気になるのはラーメンの味。「ラスタな店でアフロの店主がつくるラーメンは、さぞかしキワモノ?」なんて心配はご無用。だって、町田さんのつくるラーメンは、愚直なまでに真面目だから。もちもちの麺は自家製、和風だしと動物スープを合わせてつくるスープは旨味調味料無添加。メンマやチャーシューだって、決して手を抜くことなくひとつひとつ手間ひまをかけて町田さんがつくっている。
「中華鍋も自分しか振れないし、麺を打つのも、スープを仕込むのも自分。大変なことも多いけれど、なるべく店に立っていたいんですよね。小学生だった子がふらりと来てビールを頼んだり、2歳だった子が高校生になっていたり。常連さんとのやりとりも楽しくてやめられないんです」
自身もラーメンフリークで、「店がお客さんとの情報交換の場にもなっている」とも。
「旨い店があると聞けば、すぐに食べに行きますね。ラーメンを食べに行く時はいつも自転車。この間は我孫子まで自転車でラーメンを食べにいきました。往復80km。いやぁ、遠かったです……」
久しぶりに対面したラーメンは、相変わらず美しい佇まいだった。スープをひと口飲むと魚介と動物の旨味が口の中でみるみる広がっていく。「ヤマン」のラーメンは、見た目は真面目だけど、力強くて存在感があるところが私は好き。旨味調味料無添加なのに、しっかり飲み応えがあるのだ。でも、以前のスープの方がもっとどっしりとしていたかな?
「普段はあっさりとした醤油ラーメンを食べに行くことが多いのですが、その時々で自分がハマっている味に影響されちゃうんですよね(苦笑)。今は和風だしが自分の中で流行り始めている時だから、以前と比べるとスープの重厚感は少し控え目になっているかもしれません」
大好きなレゲエを聞きながら、自分が“今”食べたいラーメンをつくる――。
ラスタな店内で供される旨味調味料に頼らないラーメンには、町田さんの全力の愛が込められている。
ーーつづく。
文:松井さおり 写真:門馬央典