愛煙家は生きにくい時代になった。ほんの少し前まで、飛行機でも新幹線でも煙草を吸うことができた。昔の映画を観れば、病院でのくわえ煙草にも違和感がない。時代は変わる。葉たばこの町として栄えた福島県の旧船引町。町の名産を模した銘菓はいまも愛されている。
誰もが愛でる花鳥風月でもなく、ずうっと昔からある寺社仏閣や栄華を誇った城でもなく、しかしその土地の印象を強くこちらに焼き付ける、お菓子。
福島で買い求めた「たばこ煎餅」というお菓子から、嗜好品の害とその儚さについて考えていた。十数年前までは吸っている人に対して特になにも思うことはなかったし、四半世紀前まで遡ると、吸えない自分の子供っぽさにもどかしさを感じることだってあったのに。かつて、たばこの葉をかたどったお菓子をつくろうと考えた人も、いいものを考えた、ということに疑いはなかったはずなのだ。
そう思えたのは、「たばこ煎餅」の味が、あっさりとして奇をてらわない素直なものだったのもあるかもしれない。お菓子を食べるときくらい、失われたものの善悪を問わず、その周りにあった文化を儚んでもいいのではないか、とも。
ざっくりいうと、横に長い福島県は、海に面した東側から、浜通り・中通り・会津の三地域にわかれている。
「たばこ煎餅」をこしらえている和菓子店「たまのや」は、中通りの、どちらかといえば浜通り寄り、田村市の西端にある。そういえば、以前そのへんを車で走ったことがあった。車窓からの景色を思い出す。
畑の脇を通るとき、そこに植えてある野菜の種類を、葉の形状などから推し量れるというのが、私の数少ない特技のひとつだ。ちなみに果樹もだいたいわかる。わかったからといって、田園を走る車窓からの眺めを人一倍楽しめる、という以上には役に立たない。
しかし、あのとき目にした大きな葉は、ぱっと見にはなんなのか判然としなかったのだった。
長細くて先が尖った葉は、そう濃くはない緑色をしていて、幾枚も重なって空に伸びている。お面として使えるくらい、いや、腹掛にもなるのではというくらいのサイズである。
大きな葉の野菜といえば、たとえば「ケール」「かつお菜」などがあるが、それよりも大きいし、そもそも形が違う。スーパーマーケット、あるいは産直で売られているのを見たことがない葉だった。食べるためのものではないのかも?
それは、たばこの葉だった。煙草の、白色の紙フィルターの中には、この大きな葉が、乾かされ、細かくされて、ぎゅっと詰められている。
100年以上続く和菓子店「たまのや」は、田村市役所の真ん前に位置している。
三代目の渡邊紀彦さんによると「たばこ煎餅」は先代である父が考案したお菓子で、デビューしてからもう50年くらいになるそうだ。「たまのや」のラインナップの中ではかなりの古参である。
「葉たばこの耕作面積が日本でいちばんの町だったんです」
ここ、旧船引町(注:2005年に合併し田村市となった)では、かつては葉たばこが広く栽培されていた。
その豊かさを誇るお菓子として「たばこ煎餅」はつくられた。
煙草をモチーフにしたお菓子は、かつては他にもあった。観賞用の「花たばこ」の種をおまけに付けて、その花模様をあしらった、ほくほくっとした口当たりの乳菓だったという。どんなお菓子か今は見ることができないが、たとえれば、郡山名物「ままどおる」に近しいものだったと紀彦さんは言う。ままどおるをご存知の人はその姿や口当たりを想像してみてください。
花たばこのお菓子がつくられていたのは20年ほどの間だった。煎餅のみが今でも定番の座を守っているわけは「日保ち」にあると紀彦さんは言う。
かつてこのあたりでは「松川葉」という在来種の葉たばこ栽培が盛んで、「たばこ煎餅」はその葉の形を模している。ただ、現在この界隈で栽培されているのは、ほとんどが、北米原産の「バーレー種」という品種だ。松川葉の畑もあるそうだが、今回は残念ながら出合うこと叶わず。
――つづく。
文:木村衣有子 写真:阪本勇