「北尾トロさんの青春18きっぷ旅」シーズン2の第2話。7時16分上野発の電車で旅立って9時間が経ったけれど、口にしたのは助六ずしと味噌おにぎりだけ。そろそろ本格的に腹に入れたいと思い、山形の新庄で途中下車をします。次の電車までは1時間。さて、なにかあるかしら。
青春18きっぷ旅の初日は上野から出発して、秋田を目指す。
山形県の新庄まで来たが、ここで1時間の待ち時間があるので改札の外に出てみた。日曜だからか、駅の周辺はシャッターを下ろした店が多い。
サクッと芋煮でもと思ったけど、時刻は夕方の4時を過ぎたばかりで飲み屋はまだ開店前。やっと見つけた「てぃーるーむピノキオ」でコーヒーを飲もうということになった。と、壁に“新庄焼きそば四〇〇円”の貼り紙が。すいませーん、これはどういう焼きそばですか?
「ここらで昔から食べられていて、最近はわりと知られてきたの。あっさりした味ですので良かったら食べていってください」
ふたりでひと皿注文。ストレートの細麺で、ソースが甘じょっぱい不思議な味だ。新庄焼きそばをメインでやってる店もあるみたいだから、次はぜひ訪ねてみたい。
腹ごしらえも済んだことだし、各駅停車の旅を再開だ。
17時9分、秋田行きの奥花本線へと乗り込む。新庄から秋田までは約3時間。電車の中はさすがにガラガラになってきたが、ふいに工場勤務と思しき外国人女性が集団で乗り込んできたりして国際色が豊かになるのがおもしろい。
20時12分にようやく終点の秋田へと到着。
旅の初日にして13時間の長旅だった。まずはひと息つきたいところだが、秋田の夜は早い。ぐずぐずしていると食事にありつけなくなりそうなので、宿に荷物を置いてすぐ町へ出て、最寄りの居酒屋「ちゃわん屋」に突入した。カミさんが秋田出身のカンゴロー、旅に出る前からとある料理を強力に推している。
「秋田と言えばきりたんぽだと思うじゃない。でも、きりたんぽは串にくっつけるのが面倒だから、秋田の家庭で良く食べられるのは”だまこ鍋”ってやつ。きりたんぽが余所行きの味だとしたら、だまこ鍋は普段着の味だね」
メニューを見ると”だまっこ鍋”という表記がすぐ見つかった。だまこ鍋が正式名称のようだが、地元の人たちは愛情を持って”だまっこ”と呼ぶことがあるらしい。
日本酒をちびちびやっていると、間もなくぐつぐつ音を立てて鍋が登場。蓋を取ると、直径3~4cmの丸いごはんの塊が浮いていた。
だまこは、ごはんを半殺し(軽くつぶす)にして丸めたもので、棒にくっつけて焼くきりたんぽのカンタン版だと思えばいい。焼かずに入れるが、つぶして丸めるので鍋の中でもばらけないらしい。
具材はほかに比内鶏、ねぎ、ごぼう、せり、きのこ。スープは鶏ガラと醤油、酒、塩でシンプルにとる。そこに具材の旨味が加わる……これはおいしさ保証付きと言ってもいいのでは。
ではさっそく、だまこをいただいてみよう。
ほふほふ、アチチ、ほふ。
軽くつぶすことで粘りの出たごはんに出汁が良くしみ込んで、思わず「これはいい」と声が出る。さらにいいのは香り。せりが効いているのだ。
女将さんに伺ったところ、このせりは地元産の根つきのもの。せりの根っことごぼうがスープに深みを与え、歯ごたえたっぷりの比内鶏をさらに引き立てるそうだ。つくるのも簡単だし、腹も満たされる。女将さん、これは子どもから大人までみんな好きでしょう。
「きりたんぽも同じですが、新米の時期になると、つくり出す料理ですね」
上野を出てからここまで、助六ずしに始まり、おにぎりと総菜、焼きそば、鍋料理まで、よく食べた。おっさんが調子に乗るとろくなことはないので、今日はここまで。口直しのアイスを買って宿に戻った。
――明日の五能線へとつづく。
文:北尾トロ 写真:中川カンゴロー