東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内。今回は「居酒屋ランチ」部門から、なんとも風変りな「朝&昼飲み専門居酒屋」をご紹介します。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」の深淵が覗けます……!
まずは「居酒屋の歴史」から話をしていこう。
江戸時代の元禄年間(1688~1704)に酒屋の「居酒」が始まる。これは酒屋で酒を飲むことで、現在の「角打ち(かくうち)」に近い。角打ちという呼称は北九州の労働者の間で生まれたとされ、「枡の角から飲む」「酒屋の角(すみ)で飲む」など語源は諸説ある。
浅草地区にも蔵前「角打ち フタバ」(dancyu webでの前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~神林先生の浅草ひとり飲み案内」に掲載)や三ノ輪「鈴木酒販 小売部」という名店がある。
この居酒が人気となり成功した酒屋が慶長元(1596)年創業で現存する東京最古の企業『豊島屋本店』(神田猿楽町)である。東村山で「金婚」「屋守(おくのかみ)」という東京の地酒を造っている。
そして、寛延年間(1748~1751)には居酒(いざけ)を本業とする「居酒屋」が登場する。当初は「いざけや」と言ったそうだ。文化8(1811)年の「食類商売人」の調査では居酒屋は1,808軒で、全飲食店の約4分の1を占めていた。まさに「江戸の飲み倒れ」である(これらの過程は飯野亮一『居酒屋の誕生』ちくま学芸文庫に詳しい)。
さて、今日の本題は「不思議な居酒屋」だ。
浅草で変わった店としては、鍵がかかっていて入れないことで有名な「鳥多古」(予約客が外から叫べば鍵を開けてもらえます)。
現役60余年という伝説のストリッパー「浅草駒太夫の店 喫茶ベル」。
大将が女性で女将が男性という夫婦性別逆転の焼鳥屋「おか田」(テレビ東京『日曜ビッグバラエティ』で特集)。
吉原ソープ街の路地裏にあるお姐さんたちへの出前中心のそば屋「梅月」(何でもおいしいです)などなど。
だが、中でもダントツに変な店が「喜林(きりん)」である。
「喜林」は「限定」だらけの店だ。
店の広さはトイレも入れて3坪。そのため、席数は限定4席。激セマ!
朝飲み・昼飲み限定で、居酒屋なのに営業時間は朝8時から18時限定!
そして極め付けは、支払いが電子決済限定(クレジットカード・電子マネー)で、現金は使えないということ!
変な店でしょ~。ワガママな店でしょ~。入りづらそうな店でしょ~。
でも、大人の隠れ家的、大人のワンダーランド(おとぎの国)的、大人の秘密基地的、大人の勝負店的魅力にあふれている唯一無二・前人未到・空前絶後の店だ。
自分だけの秘密にしておきたい反面、みんなに言いたくて仕方ない不思議な店。それが「喜林」なのだ。
現在店がある場所には、以前「ソンポーン」という予約困難なタイ料理店があった(現在は広い店舗に移転し経営者も変わっている)。「喜林」がソンポーン化することだけが、唯一の不安材料だ。
そうそう、実は食べ物も酒肴限定だった。
でも、“焼きカレークスクス”“ラーメンサラダ”は、ランチとなり得るので、今回のシリーズにぜひ入れたいと考えたわけなのだ。
加えて、冬場なら一人鍋の「扁炉」(ピェンロー。中国の白菜鍋)に自家製ご飯という手もある(コシヒカリを200㎡の土地で、何と無肥料・無農薬で育てている!)。
居酒屋なのでアルコールを注文するのが基本だが、ランチの時間帯は酒以外でも可ということだ。
「喜林」は、2019年4月開店。
ネクタイ姿で飄々としていながら物腰の柔らかい小林賢司さんは、居酒屋の大将というよりは、バーや喫茶店のマスターといった風貌。BGMはクラシック。
店名は、お世話になった中華店の一字「喜」に小林の「林」で「喜林」となった。
マスターの経歴も変わっている。高校1年生から大学生まではバイトでコンピューターゲームのプログラマーをしていた。
その後、蔵前のおもちゃ屋に就職し、ICのおもちゃの開発・製造などを18年間。その後、他の仕事もしたが、いつかは店をやってみたいと思っていたそうだ。そんな時に今の物件に出会う。
マスターは「小さい店」を探していた。飲食店経験はゼロなので、狭い方が勝手がいいのだ。
しかも、三河島出身なので小さい頃から浅草には馴染みがあった。
趣味で飲み食いも大好きだったし、自宅の料理も奥さんではなくマスターが、毎日店が終わって帰宅してからつくっている。
マスターは風流人・趣味の人だ。お酒も自分が飲みたい物を集めている。
酒肴も自分が飲む時に食べたい物を手づくりしてきた集大成。シュウマイ・紅生姜・なめたけ・ザワークラウトなども自家製だし、「アホ(にんにく)きつね」(昔、『dancyu』に載っていたレシピ!)、「卵on卵on卵」などのメニュー名もキャッチーなものばかりだ。
値段は参佰圓(サンビャクエン)中心。酒類は陸佰圓(ロッピャクエン)前後。
漢数字の表記は大字(ダイジ)だ(「壱・弐・参・肆・伍・陸・漆・捌・玖・拾…」、若い方は読めるかな?)。
自分が四六時中飲みたいクチなので、朝飲み・昼飲みの店にし、立ち飲みでは自分も落ち着かないので、ゆっくり飲める店にした(そういえば仕事中もワインをチビチビ飲んだりしてる)。客にもゆったりくつろいでもらいたいので、必要以上には接客しない。客の平均滞在時間は2時間だという。
そう、胎内回帰的な安心感、日差しを感じながら呑む優越感。なにしろ居心地が最高だ。
浅草「正直ビアホール」のママをお連れしたことがあるが、いたく気に入られ、また連れて来てねとのお言葉をいただいた。男だけでなく、女性をも魅了する店なのだ。
国語教員が全力で店の魅力を伝えようとしたが、やはり来てみなければ「喜林」の実態は把握できない。
「百聞は一見に如かず」という故事がこれほど似合う店はないのだから。
予約は原則受け付けていないので空席情報については、当日電話でご確認ください。
最後に、この「喜林」も参加する『浅草観音裏 酔いの宵』というイベントのお知らせを。
『酔いの宵』は2019年2月、観音裏の店主たちが自力で計画実施した「飲み歩きイベント」だ。一軒1,000円で一品・一杯が楽しめる。10日間にわたり60数軒が参加して大盛況だった。何を隠そう、僕は延べ74軒制覇して「初代チャンピオン」となったのだ!
そして、2020年も2月7日から10日間、88軒が参加して開催される。
前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~神林先生の浅草ひとり飲み案内」、ならびに今シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の浅草ランチ・ベスト100~神林先生の浅草ランチ案内」で紹介した店が、11軒参加する(「喜林」「ずぶ六」「笑ひめ」「ちゃこーる」「林檎や」「うんすけ」「トリビアン」「なお太」「カルボ」「浅草 とんかつ弥生」「THE BURGER CRAFT(ザ バーガー クラフト)」)。
また、今後、今シリーズで登場予定のお店が5軒ある(甘味喫茶「デンキヤホール」、カレー「SPICE SPACE UGAYA(スパイス スペース ウガヤ)」、フレンチ「ルディック」、ポルトガル料理「ジーロ」、豚料理「グロワグロワ」)。取材はできなかったが、自作のミニコミ「浅草ひとり飲み案内」に選出させてもらった店も5軒ある(「Gyoza Bar けいすけ」「焼酎処 乙」「居酒屋 あぐまる」、中華「あさひ」、喫茶「あかね」)。
すべておススメなので、この機会にぜひ21軒全店制覇を!
※最初にどこかの店に行けば「参加店ガイド」と「マップ・スタンプラリー用紙」がもらえます。
文:神林桂一 写真:萬田康文