観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の浅草ランチ・ベスト100~
全4席。ダントツに変な店で"超限定"体験|神林先生の浅草ランチ案内⑨

全4席。ダントツに変な店で"超限定"体験|神林先生の浅草ランチ案内⑨

東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内。今回は「居酒屋ランチ」部門から、なんとも風変りな「朝&昼飲み専門居酒屋」をご紹介します。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」の深淵が覗けます……!

『居酒屋の誕生』について触れておこう。

まずは「居酒屋の歴史」から話をしていこう。
江戸時代の元禄年間(1688~1704)に酒屋の「居酒」が始まる。これは酒屋で酒を飲むことで、現在の「角打ち(かくうち)」に近い。角打ちという呼称は北九州の労働者の間で生まれたとされ、「枡の角から飲む」「酒屋の角(すみ)で飲む」など語源は諸説ある。
浅草地区にも蔵前「角打ち フタバ」(dancyu webでの前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~神林先生の浅草ひとり飲み案内」に掲載)や三ノ輪「鈴木酒販 小売部」という名店がある。
この居酒が人気となり成功した酒屋が慶長元(1596)年創業で現存する東京最古の企業『豊島屋本店』(神田猿楽町)である。東村山で「金婚」「屋守(おくのかみ)」という東京の地酒を造っている。

居酒屋の品書きも店の個性が出るもの。今回ご紹介する「喜林」の品書きを目にした途端に、いくつもの「?」が湧いてくる。

そして、寛延年間(1748~1751)には居酒(いざけ)を本業とする「居酒屋」が登場する。当初は「いざけや」と言ったそうだ。文化8(1811)年の「食類商売人」の調査では居酒屋は1,808軒で、全飲食店の約4分の1を占めていた。まさに「江戸の飲み倒れ」である(これらの過程は飯野亮一『居酒屋の誕生』ちくま学芸文庫に詳しい)。

朝&昼飲みの居酒屋「喜林」は、「限定」縛りのダントツに変な店。

「喜林」は、朝陽射す頃から営業始動。小さな間口に清々しい白の暖簾がかる。……やっぱり不思議。

さて、今日の本題は「不思議な居酒屋」だ。
浅草で変わった店としては、鍵がかかっていて入れないことで有名な「鳥多古」(予約客が外から叫べば鍵を開けてもらえます)。
現役60余年という伝説のストリッパー「浅草駒太夫の店 喫茶ベル」。
大将が女性で女将が男性という夫婦性別逆転の焼鳥屋「おか田」(テレビ東京『日曜ビッグバラエティ』で特集)。
吉原ソープ街の路地裏にあるお姐さんたちへの出前中心のそば屋「梅月」(何でもおいしいです)などなど。

だが、中でもダントツに変な店が「喜林(きりん)」である。
「喜林」は「限定」だらけの店だ。
店の広さはトイレも入れて3坪。そのため、席数は限定4席。激セマ!
朝飲み・昼飲み限定で、居酒屋なのに営業時間は朝8時から18時限定

店内は全4席(詰めれば5席)!限られた空間をフルに生かしており、なぜかとても落ち着くのです。
限定だらけのメニュー
飲み物も限定物ばかり。地域限定、期間限定、売場限定、通販限定などなど。ことにビール、ウイスキーのラインナップがすばらしい。
酒
酒

そして極め付けは、支払いが電子決済限定(クレジットカード・電子マネー)で、現金は使えないということ!

取り扱いマネー
取り扱いマネー

変な店でしょ~。ワガママな店でしょ~。入りづらそうな店でしょ~。
でも、大人の隠れ家的、大人のワンダーランド(おとぎの国)的、大人の秘密基地的、大人の勝負店的魅力にあふれている唯一無二・前人未到・空前絶後の店だ。
自分だけの秘密にしておきたい反面、みんなに言いたくて仕方ない不思議な店。それが「喜林」なのだ。
現在店がある場所には、以前「ソンポーン」という予約困難なタイ料理店があった(現在は広い店舗に移転し経営者も変わっている)。「喜林」がソンポーン化することだけが、唯一の不安材料だ。

※注:料理も酒肴限定です。

そうそう、実は食べ物も酒肴限定だった。
でも、“焼きカレークスクス”“ラーメンサラダ”は、ランチとなり得るので、今回のシリーズにぜひ入れたいと考えたわけなのだ。
加えて、冬場なら一人鍋の「扁炉」(ピェンロー。中国の白菜鍋)に自家製ご飯という手もある(コシヒカリを200㎡の土地で、何と無肥料・無農薬で育てている!)。
居酒屋なのでアルコールを注文するのが基本だが、ランチの時間帯は酒以外でも可ということだ。

焼きカレークスクス
焼きカレークスクス600円。熱々で提供され、チーズがジュ―ジュー!
焼きカレークスクス
クスクスにカレーのルウを和えており、しっとりした食感に。
ラーメンサラダ
ラーメンサラダ500円は、北海道のご当地グルメとは別物のオリジナル。
ハーブ
"万能ハーブミックス"というべき「エルブ・ド・プロヴァンス」が味付けの肝。
料理
手づくりのシュウマイ300円は、「肉を主役に」という意図が伝わってくる一品。辛子&醤油か、黒酢で。

この不思議な"超限定"居酒屋の主はどんな人物なのか?

「喜林」は、2019年4月開店。
ネクタイ姿で飄々としていながら物腰の柔らかい小林賢司さんは、居酒屋の大将というよりは、バーや喫茶店のマスターといった風貌。BGMはクラシック。
店名は、お世話になった中華店の一字「喜」に小林の「林」で「喜林」となった。

小林賢司さん
こちらが「喜林」ご主人の小林賢司さん。以前から料理が趣味だったという。

マスターの経歴も変わっている。高校1年生から大学生まではバイトでコンピューターゲームのプログラマーをしていた。
その後、蔵前のおもちゃ屋に就職し、ICのおもちゃの開発・製造などを18年間。その後、他の仕事もしたが、いつかは店をやってみたいと思っていたそうだ。そんな時に今の物件に出会う。

マスターは「小さい店」を探していた。飲食店経験はゼロなので、狭い方が勝手がいいのだ。
しかも、三河島出身なので小さい頃から浅草には馴染みがあった。
趣味で飲み食いも大好きだったし、自宅の料理も奥さんではなくマスターが、毎日店が終わって帰宅してからつくっている。

入口
店内は土足禁止。激セマだけど衛生的なのです。

マスターは風流人・趣味の人だ。お酒も自分が飲みたい物を集めている。
酒肴も自分が飲む時に食べたい物を手づくりしてきた集大成。シュウマイ・紅生姜・なめたけ・ザワークラウトなども自家製だし、「アホ(にんにく)きつね」(昔、『dancyu』に載っていたレシピ!)、「卵on卵on卵」などのメニュー名もキャッチーなものばかりだ。

値段は参佰圓(サンビャクエン)中心。酒類は陸佰圓(ロッピャクエン)前後。
漢数字の表記は大字(ダイジ)だ(「壱・弐・参・肆・伍・陸・漆・捌・玖・拾…」、若い方は読めるかな?)。

メニュー
小林賢司さん

自分が四六時中飲みたいクチなので、朝飲み・昼飲みの店にし、立ち飲みでは自分も落ち着かないので、ゆっくり飲める店にした(そういえば仕事中もワインをチビチビ飲んだりしてる)。客にもゆったりくつろいでもらいたいので、必要以上には接客しない。客の平均滞在時間は2時間だという。

そう、胎内回帰的な安心感、日差しを感じながら呑む優越感。なにしろ居心地が最高だ。
浅草「正直ビアホール」のママをお連れしたことがあるが、いたく気に入られ、また連れて来てねとのお言葉をいただいた。男だけでなく、女性をも魅了する店なのだ。

神林先生
はふはふっ。いけるねぇ!

国語教員が全力で店の魅力を伝えようとしたが、やはり来てみなければ「喜林」の実態は把握できない。
「百聞は一見に如かず」という故事がこれほど似合う店はないのだから。
予約は原則受け付けていないので空席情報については、当日電話でご確認ください。

調味料
薬味調味料だけでもこの充実ぶり。

最後に、この「喜林」も参加する『浅草観音裏 酔いの宵』というイベントのお知らせを。
『酔いの宵』は2019年2月、観音裏の店主たちが自力で計画実施した「飲み歩きイベント」だ。一軒1,000円で一品・一杯が楽しめる。10日間にわたり60数軒が参加して大盛況だった。何を隠そう、僕は延べ74軒制覇して「初代チャンピオン」となったのだ!

そして、2020年も2月7日から10日間、88軒が参加して開催される。
前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~神林先生の浅草ひとり飲み案内」、ならびに今シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の浅草ランチ・ベスト100~神林先生の浅草ランチ案内」で紹介した店が、11軒参加する(「喜林」「ずぶ六」「笑ひめ」「ちゃこーる」「林檎や」「うんすけ」「トリビアン」「なお太」「カルボ」「浅草 とんかつ弥生」「THE BURGER CRAFT(ザ バーガー クラフト)」)。

街並み
「またね~!」と13時からの勤務時間に間に合うよう学校に向かう神林先生。自転車での移動中も未訪問店や新店を発見。常にアンテナを張っています。

また、今後、今シリーズで登場予定のお店が5軒ある(甘味喫茶「デンキヤホール」、カレー「SPICE SPACE UGAYA(スパイス スペース ウガヤ)」、フレンチ「ルディック」、ポルトガル料理「ジーロ」、豚料理「グロワグロワ」)。取材はできなかったが、自作のミニコミ「浅草ひとり飲み案内」に選出させてもらった店も5軒ある(「Gyoza Bar けいすけ」「焼酎処 乙」「居酒屋 あぐまる」、中華「あさひ」、喫茶「あかね」)。


すべておススメなので、この機会にぜひ21軒全店制覇を!
※最初にどこかの店に行けば「参加店ガイド」と「マップ・スタンプラリー用紙」がもらえます。

ランキング
「浅草の深き食文化を伝えたい」という情熱から、神林先生が独自の視点で「浅草のランチ偏愛店」100軒を紹介する自作のミニコミ。マークの意味は、★=増税後も値上げなし、歴=歴史あり、味=味よし、人=人よし、雰=雰囲気よし、独=独自性あり、女=女性に推薦、C=コスパよし。
神林先生の「浅草ランチ・ベスト100」居酒屋ランチ部門より。
▼36軒目「〇吉八(まるきちや)」
2006年開業。30品目バランスランチ980円に刮目。姉妹店「MARUKICHI」にはバイキングもある。
▼37軒目「林檎や」
2016年開業。元向島芸者のりんごさんの店。ランチ1,000円が充実の内容と味わい。
▼38軒目「喜林(きりん)」
2019年開業。8~18時営業、電子マネー決済のみという謎の店。肴中心。焼きカレークスクス600円。
▼39軒目「結わえる」
2009年開業。「一膳飯屋」。昼の寝かせ玄米定食は組み合わせ自由。
▼40軒目「喜多屋 浅草別邸」
2016年開業。福岡の酒蔵直営。糸島直送 海鮮丼1,296円。酒蔵「喜多屋」の大吟醸の酒粕をスープに加えた博多大吟醸もつ鍋御膳1,620円。
▼41軒目「おこぼれ」
2014年開業。野菜がメインの創作料理。焼・煮・揚の週替わりランチあり。
▼42軒目「花鼓(はなつづみ)」
2019年開業。スッポン料理が名物の割烹居酒屋。スッポン雑炊も食べられる。
▼43軒目「まき田」
1979年開業。元関取。赤坂支店も30年続けた。ランチのちゃんこ御膳900円はソップ炊き。
▼44軒目「たまや」
2014年開業。仲卸「築地魚がし丸山」直営。日替まかない定食850円。
▼45軒目「一丁目一番地」
2010年開業。九州居酒屋。自家製カツカレー500円のうえ、大盛り無料。
▼46軒目「山之宿(やまのしゅく)」
1970年開業。鳶の頭が営む。マンションになって再開。『酒場放浪記』登場。ランチ多数。
<本日のお会計>
焼きカレークスクス600円、ラーメンサラダ500円、加賀棒ほうじ茶(525ml)200円。計1,300円。
<昼飲み&夜の部情報>
朝陽が射し込む全4席の店内にはクラシックの巨人・マーラーの交響曲が流れる。お客さんは夜勤明けや飲食店に携わる人、夜から飲んでも飲み足りない人などが多いとか。初回来店の方限定で、酒肴3~4品のおまかせコース1,000円もあり。「夜の部」といっても営業は18時までなのでご注意を。

店舗情報店舗情報

居酒屋 喜林
  • 【住所】東京都台東区台東区浅草5‐37‐1
  • 【電話番号】050‐5539‐8256
  • 【営業時間】8:00~17:30(L.O.)
  • 【定休日】不定休
  • 【アクセス】つくばエクスプレス「浅草駅」より16分

文:神林桂一 写真:萬田康文

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神林 桂一(都立高校国語教師)

教員生活42年。食べ歩き、飲み歩き歴は45年。10年前の都立一橋高校(馬喰町)時代から食のランキング・ミニコミを刊行(おもに職場で配布)。下町エリアを中心に酒場、定食屋、バー、和・洋・中・その他のエスニック料理店と守備範囲は広いが、なかでも“お母さん酒場”には並々ならぬ情熱を持つ。食にまつわる書籍、雑誌、テレビ番組、一般的なランキングサイトなど、リサーチにも余念がなく、自作のデータベースには行った店・約9,200軒を含む1万5,000軒。の店や食の情報が整理されている。毎日早朝6時、デッキや外付けHDD計4台に録りためた番組をチェックすることから1日が始まる。