はらぺこ本屋の新井
どんな味だったか教えてよ

どんな味だったか教えてよ

食に対して、つよい執着をもっている新井さん。でも世の中には、そうじゃない人もたくさんいるようで。

近所のスーパーで買う3食焼きそばは、麺の袋がヌルヌルしている。麺同士がくっつかないように油でコートしてあるのだろうが、袋の外側まで油まみれにする必要はない。菜箸を持つ手が滑って、腹立たしい。

コンビニで買う焼き餃子も、あっためてラップを外すと底がヌルヌルしていることがある。これもまた、地味に腹立たしい。近所の古い中華料理屋は、床もテーブルも醤油差しもヌルヌルしているが、すぐそこで中華鍋を振っているのだから仕方ない。チンしただけの我が家で、テーブルがヌルヌルになるのは腑に落ちない。

こういった、コンビニ餃子の「ヌルヌル」については巧みに表現するのに、その餃子にニンニクは入っていたのか、何を付けて食べたのか、そもそも美味しかったのか不味かったのかを書かないのが、「クリープハイプ」の尾崎世界観という人だ。人気ロックバンドのフロントマンであり、小説も書く彼の日記は『苦汁100%』『苦汁200%』という2冊の本になっている。それを読む限り、彼は食にほとんど関心がなく、野菜が苦手で好き嫌いが多い。人並み以上に食いしん坊な私がその日記を読むことは、衝撃の連続である。めしを食って帰った、弁当を買って食った、缶チューハイ飲んで寝た、と書く。めしを食うのは当たり前だろう。めしとは具体的に何か。食ってどうだったのか。弁当はのり弁なのか唐揚げ弁当なのか、それとも料亭の仕出し弁当か。缶チューハイのつまみが何なのかを記述せずにいられることがすごい。食の詳細を書かない人の日記には、食いしん坊ではない人の未知なる生活があり、これこそが他人の日記を読む醍醐味なのだった。

ところで、「苦汁」という料理をご存知だろうか。ゴーヤをわたごとミキサーにかけ、泡立てた卵白と混ぜ合わせたものを、炊きたてのご飯にふんわりと盛った夏の定番である。という、本当か嘘かわからない(200パー嘘だよバカ!)部分があると、日記は面白い。面白ければもう、コンビニの安いオレンジジュースみたいに、真実10%でもいいのではないか。鍵がかかった他人の日記なんて、ドロッドロで喉が焼けてしまう。

今回の一冊 『苦汁100%』『苦汁200%』尾崎世界観(文藝春秋)
ロックバンド・クリープハイプのフロントマンであり、初小説『祐介』が話題をさらった作家・尾崎世界観が赤裸々に綴る、自意識過剰な日々。

文:新井見枝香 イラスト:そで山かほ子

新井 見枝香

新井 見枝香 (書店員・エッセイスト)

1980年、東京生まれ下町(根岸)育ち。アルバイト時代を経て書店員となり(その前はアイスクリーム屋さんだった)、現在は東京・日比谷の「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で本を売る。独自に設立した文学賞「新井賞」も今年で13回目。著書に『この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ』(秀和システム)、『本屋の新井』(講談社)など。