日本酒をもっと美味しく!
「土田」若き蔵元と杜氏の大改革!|感動の蔵物語②

「土田」若き蔵元と杜氏の大改革!|感動の蔵物語②

日本酒は、どんな土地で、どんな人が、どんな暮らしの中で、どんなことを考えて醸しているのでしょう。蔵の数だけ、物語があります。物語を知ると、お酒がもっとおいしくなるかもしれません。

明るく楽しく醸す“おやびん”と若い蔵人たち

星野元希(げんき) 杜氏がスマホをチェックする。「おっ!チョーいい経過になってます」
すかさず土田祐士(ゆうじ) 蔵元もスマホを出す。「ホント、いい数値になってきた。これでようやく峠を越したね」

ふたりは顔を見合わせ、うなずく。土田酒造では、蔵人全員が麹の温度変化や酵素の分析結果、作業予定、日報などをコミュニケーションツールで共有している。
土田蔵元はスマホをかざしてみせた。
「30分おきに通知がくるんで、出張中でも蔵の様子は手にとるようにわかります」
さすがはデジタル時代。でも、私が得心していると、蔵元は首を左右に振って苦笑するのだった。
「ウチの酒づくりはドキドキの連続。経過を知らないほうが心臓にはいいですよ」
星野杜氏も、昭和時代の学園コミックに登場しそうな愛嬌のある顔で嘆息した。
「天然、自然の微生物にいい働きをしてもらう環境づくりってマジ大変なんです」
とはいえ、土田と星野の瞳は悪戯をたくらむ少年みたいにキラキラしている。若い蔵人たちも笑顔で、古くて新しい酒づくりに挑んでいる。底冷えする蔵にあって、彼らが心弾ませ酒づくりに励む様子は、ほんわかとした温もりを与えてくれた――。

星野元希杜氏、土田祐士蔵元
まだ世にない新しいタイプの酒を生み出したい!「日本酒って、自由でけっこう面白いゼ」と後の世代に思わせたい!と意欲に燃える、蔵元の土田祐士さん42歳(左)と杜氏の星野元希さん33歳。奥に見える雪を頂いた山々は、二人が大切にしている武尊山。

「誉国光」で知られた地酒蔵が山廃純米蔵へ舵を切った

土田酒造は温泉やスキー場、果樹園で有名な群馬県利根沼田の川場村にある。
武尊山(ほたかやま)をのぞむ蔵では、平成29BY(酒造年度)から全量純米、しかも山廃仕込みへの大胆なシフトを敢行した。かつては明治40年創業以来のブランド「誉国光(ほまれこっこう)」がメイン、とりわけアルコール添加の普通酒は、上州の“キング・オブ地酒”の地位をほしいままにしてきた。みなかみや草津の温泉宿で酒を注文すれば、誉国光がチンチンの熱燗になって食膳にはべったものだ(こいつは野太さと繊細さが同居した、なかなかの逸品だった)。

伏流水
「ご先祖様の魂が眠っている気がする」と星野杜氏が言う武尊山は日本百名山の一つ。その伏流水が酒の仕込み水だ。硬度5~6度の軟水で、蔵の敷地内で自由に飲むことができる。

だが、当代の蔵元と杜氏は新ブランド「土田」をひっさげ、大いに気を吐いている。
雪の舞う1月上旬、蔵を訪ねたら新世代をシンボライズする「土田 菩提酛×山廃酛」の仕込みが佳境に入っていた。
「菩提酛は南都(奈良)の菩提山正暦寺(ぼだいせんしょうりゃくじ)が発祥といわれ、平安から室町時代に完成した、天然酵母を活用する古式醸造法です」
菩提酛は、仕込み水に米と飯を投入して自然の乳酸菌をわかせた「そやし水」を用いる(そやし水は強烈かつ個性的な臭いを発する)。星野は補足してくれた。
「菩提酛のポイントは、蔵の天然酵母をうまく引き込み、どう力を引き出すかにかかっています。それがとっても難しいんだけど、同時にムッチャおもしろいんです」

蒸し米
蒸し米を冷まして硬くした埋け飯を使うなど生酛の手法も採用。

「菩提酛×山廃酛」は菩提酛を培養酵母として、山廃仕込みで醸す純米酒といってよかろう。だが、それだけでこの酒を語り尽くせはしない。とりわけ「完全酵母無添加」に対する想いの強烈さは、情熱どころか執念、渇仰(かつごう)とさえいいたくなってくる。
星野はぐいっと胸を張った。
「無添加という意味では、醸造用糖類や米の糖化を補う酵素剤、酒母を汚染から守る乳酸はもちろん、アミノ酸や有機酸も一切使いたくありません。そういうのは、僕にとって気持ちの悪い余計なモノです」

ただし、これらの添加物は法令で認可されており、ラベル記載の必要がないことを明記しておこう。しかし、土田酒造はあくまで無添加の道を貫く。星野はいった。
「菩提酛×山廃酛は添加物ゼロを完遂するため、いろんな工夫をしています。たとえば麹づくりでは、糖化力の強い麹菌種『白夜』を使うんです。糖分が高いとジャムの理論と同じで雑菌汚染を防げますから」
完全酵母無添加のうえ、一切の薬剤、添加物を排して酒を醸している蔵はそうそう多くなかろう。

もろみ
もろみが黒いのは古い遺伝子タイプの麹菌を使うから。試行錯誤の末、山廃など昔ながらの仕込みには昔の麹菌のほうが好相性だとわかった。酒の味も格段によくなった。蔵元曰く「失敗は神様からのギフトです」。

また、山廃ながら生酛同様に蒸した掛米をゆっくり冷却し、カチンコチンの埋け飯(いけめし)にしているのも特筆ものだ。それを櫂ばかりかドリルまで動員して“山卸(やまおろ)し”するのだから念がいっている。星野はうなずいた。
「半切り桶での酛摺(もとす)りこそしていませんが、かなり生酛に近い山廃だと思います」

どうしても群馬の酒蔵で働きたかった

土田酒造の挑戦は蔵元と杜氏の出逢いから始まった。土田は遠い眼つきになった。
「突然、星野君が電話をかけてきましてね」
2005年の秋、星野は東京バイオテクノロジー専門学校の卒業を控え就活中。どうしても群馬の蔵で働きたくて、片っ端から連絡をしていた。だが、当時の日本酒業界といえば30年来の不振から脱却できないうえ、ときならぬ焼酎ブームに横面を張られ散々な状態。廃業する蔵も多かった。14年前を振り返り、星野はしみじみと語る。
「連戦連敗です。土田蔵元だけが、遊びにおいでと気軽にいって下さったんです」
星野は東京の杉並区出身ながら、父方の故郷が群馬で、幼い頃から上州に親しんできた。彼は「僕は群馬と東京のハーフ」といって憚らない。大好きな祖父母の住まいが迦葉山(かしょうざん)の麓、蔵のある川場村に近いのは奇縁というものだろう。
「中華料理店を営む両親が、仕事を終えるといつも二人で晩酌を楽しんでいたんです。それがとっても幸せそうで。僕もうまい酒をつくって、みんなをハッピーにしたかった」

タンク
プツプツ、シュワシュワ、シュー……。星野杜氏は毎日、すべての仕込みタンク(床下に設置されている)の音を聞き、もろみの発酵具合を確認。

土田は星野に好感を抱き採用をきめた。
「星野君が入った翌年の2007年、私は杜氏を兼務しながら六代目蔵元に就任しました」
土田の経歴は異色だ。この春43歳になる彼は4人きょうだいの末っ子。大阪のコンピュータ総合学園HALを経て、ゲーム大手のカプコン本社に勤務していた。
「酒屋に興味はゼロでした。ところが長兄は駅の設計に没頭していたし、長姉も会社でキャリアを積み、次姉は嫁にいってしまった。アレレ?残ってるのは僕だけじゃんって展開になったんです」

28歳の時、彼は実家の酒づくりをつぶさにみつめ、初めて家業の深遠さに気づいた。
「微生物の複雑な働きに小さな宇宙をみました。しかも酒づくりは数字で割り切れない。こりゃゲームよりやり甲斐がある。すぐ、親父に蔵を継ぐと宣言したんです」
申し出を受けた父の台詞もカッコいい。
「義理で戻るのなら断る。酒ばかりかオレとお前、お客様までが不幸になるから」
若き蔵元は前述のとおり星野という右腕を得た。ちなみに星野は1985年生まれ、土田より9歳下だ。星野はすぐ頭角を現し、2012年に土田の後を襲い弱冠27歳で杜氏となった。山廃へのアプローチは2013年から。2年後には完全酵母無添加に挑んでいる。
しかして、その出来映えやいかに。話をふったら、蔵元と杜氏は同時に叫んだ。
「見事に大失敗、僕らは未熟でした!」

昼食
「楽しく造ってくれ」。六代目が継ぐときに先代から言われた言葉だ。明るく風通しがいいのが土田酒造の持ち味で、昼食時も和気藹々。左から時計回りに杜氏の星野さん、藤田千波さん、渡部努さん、渡邉康太さん、神田智洋さん、志賀育江さん、栗原愛実さん。4名が20代前半だ。星野杜氏のイメージは「おやびん! 」。

初対面の醸造家に一途に教えを請う

だが彼らはメゲない。「新政」の佐藤祐輔蔵元と古関弘(ひろむ)製造部長(当時)の講演に馳せ参じた。新政は秋田でハイクオリティかつチャレンジングな酒を醸しつづけ、添加物排除の先駆者でもある。星野は一面識もないふたりから奥義を聞きだそうと、講演後も追いすがって一途に訴えた。
「土田の蔵ならではの酒。微生物と対話し自然の力を最大限に表現できる酒。先人の編みだした技術を現代に活かす酒、そういう酒を醸したいんです」

古関はこの時のことを鮮明に覚えている。
「びっくりしたけど星野君の熱量には圧倒されました。純朴な人柄もよかったですね」
佐藤と古関は彼を蔵に招き、もてるノウハウと酒づくりの哲学を伝授してくれた。その成果が菩提酛×山廃酛に結実している。
再び土田と星野は声を揃えた。
「この酒は群馬の風土が生んだ伝統工芸品です。今後も自然と共存し、古来の技術への敬意をこめた酒を醸していきます」

お酒
誉国光 金ラベル 特別純米、同・白ラベル 純米酒、土田 菩提酛×山廃酛、土田 純米吟醸、土田麹九割九分 山廃仕込。今後は土田を増やす予定。

ふむふむ、なるほど。では謹んで一献、菩提酛×山廃酛をいただこう――。う、うまい!甘さと酸味が調和したベーストーン。濃醇な風味の陰で苦・渋の存在も光る。あえかな薫りを伴う余韻がいい。鄙びた土地の酒ながら(失礼!)、上品な佇まいで下卑たり媚びたりしていない。洗練しきれていないところもあるが、それは欠点でなく、むしろ今後への期待につながる。

フランスのコンテストで栄誉ある賞を獲得

土田と星野たちの酒は、フランスの飲食関係者たちによる日本酒コンテスト「KURAMASTER2018」純米大吟醸&純米吟醸部門で最高栄誉のプラチナ賞を得た。むふふ、フランス人もまんざら捨てたモンじゃない。蔵を出たら雪は止み、北毛の山々が陽をあび白銀に輝いていた。「温故知新」ならぬ「醸故楽新」(ふるきを醸して、新しきを楽しむ)、そんな戯言が私の口をついた。

店舗情報店舗情報

土田酒造
  • 【住所】群馬県利根郡川場村川場湯原2691
  • 【電話番号】0278-52-3511

文:増田晶文 写真:山本尚明

※この記事の内容はdancyu2019年3月号に掲載したものです。