アルゼンチンを巡る冒険。
「コスタ・ラティーナ」でアルゼンチンへトリップ。

「コスタ・ラティーナ」でアルゼンチンへトリップ。

渋谷の神泉でアルゼンチン牛のアサードに再会した石田ゆうすけさん。肉を食べるため……ではなく、取材するために店を再び訪れます。「コスタ・ラティーナ」で味わう、めくるめくアルゼンチンの世界。

東京の真ん中にあるアルゼンチン。

肉が世界一旨い国、と旅人から支持される国アルゼンチン。その国の牛肉を「アサード」で出してくれる店、「コスタ・ラティーナ」に来ている。
アサードとはアルゼンチン式バーベキューのこと。もともとは19世紀後半、広大な草原地帯「パンパ」のガウチョ(カウボーイ)たちが、野生の牛を丸焼きにして食べていたのが始まりらしい。その豪快さは受け継がれ、いまでもアサードは基本的に、巨大な肉塊を、岩塩だけで、炭火でじっくり焼く、というスタイルだ。

コスタ・ラティーナ
アルゼンチンの海の家を再現した「コスタ・ラティーナ」。陽気で心地いいサルサが外に漏れています。

多くのアルゼンチン人が、毎週末のように自宅の庭で人を呼んでやっている。僕も旅行中は何度も誘われ、その輪に入った。
アサードは単に料理のことを言うのではなく、文化といったほうがしっくりくる。人々との交流を温めるという側面が、アサードという言葉には含まれるのだ。
「コスタ・ラティーナ」の店主、前浜ディエゴさんが店を移転する際、 “中南米バー”から“アルゼンチン料理レストラン”に切り替えたのも、新しい店舗ではアサードができそうだとわかったからだった

コスタ・ラティーナ
ドアノブは、トカゲに見えるけど、イグアナだそうです。「コスタ・ラティーナ」のイメージキャラ(?)。

白で統一された店内は、アルゼンチンの“海の家”を再現したものらしい。
「帰省したとき、海の家の写真を撮ってきて、それをもとに自分たちでつくったんです」
バーカウンターの茅葺の庇や、壁の凹みのニッチ棚など、とても素人仕事には見えない。アサードに最適な炭を求めて30種類ほど試したというディエゴさんだ。店内を見ただけでも相当な凝り性だとわかる。

2階の壁のニッチにはガラス
壁のニッチ棚にはイグアナの模型(?)が。やけに精巧にできています。
イグアナ
まるで恐竜。生きているみたいだな、と思ったら、このあと取材陣全員飛び上がりました。

2階の壁のニッチ棚にはガラスがはめられ、中にはイグアナの模型が置かれていた。よくできているな、剥製かな、と思っていたら、目が動いたので、うわっ!とのけぞった。生きているがな!
スタッフのひとりが笑いながらガラス戸を開け、キャベツを与えた。脱走するんじゃないかと気が気じゃなかったが、彼は「ハハハ、逃げませんよ」と言い、ガラス戸を全開にしたまま、調理場に戻った。店内には陽気なサルサが流れ、巨大イグアナが放し飼い状態で、僕の目の前でキャベツをむしゃむしゃ食べている。うーん、ここは一体どこなんだ?

エンパナーダ
アルゼンチンの肉詰めパイ「エンパナーダ」2個で880円。現地では気軽なスナックだったけれど、レストランで食べると、ちょっとしたご馳走のように感じられます。

まずは「エンパナーダ」からいただいた。
薄いパイ生地で肉などの具を包み、揚げたり焼いたりしたスナックだ。ラテンアメリカ全土で見られる。アルゼンチンのそれは半円形の餃子型だ。
サクッとしたパイのような歯ざわりの後、小麦粉の甘い香りが広がり、中から牛肉の粒がぼろぼろっと大量にあふれ出た。挽肉というよりは、極小サイズのサイコロステーキといった感じだ。肉は包丁で切っているという。それを口いっぱいに頬張り、ぎゅむぎゅむした噛み応えを味わっていると、なんだか口内がこそばゆくなってきて、思わず頬がゆるんだ。

パリウエラ
「パリウエラ」1380円。すすった瞬間、海老ミソの香りが口内に立ち込めます。この店、アサードだけじゃありませんよ。

南米風ブイヤベースの「パリウエラ」は、アヒパンカというあまり辛くない唐辛子が入っている。ムール貝、海老、白身魚などからたっぷり引き出された出汁に、海老ミソの濃厚な香りと、アヒパンカのコクのある香味が混じり合っている。リッチな味わいに恍惚となり、もうこれとパンと白ワインだけで十分だよ、などと思ってしまった。

階段を上り切ると、そこは……。

さあ、本日のメイン、アサードのおでましだ。
定番の「チョリソ」から出てきた。

チョリソといえば辛いソーセージを連想する人も多いと思うけど、アルゼンチンのは牛肉のソーセージで辛くない。皮がパリッと破れ、大粒のミンチが躍り出る。こちらも包丁で肉を粗く切って、店で1本1本腸詰めにしたものらしい。

チョリソを串にさす
アサードの定番、アルゼンチン版牛肉ソーセージ「チョリソ」。店で1本1本つくられた後、串に刺して焼かれます。
アサード
炭で焼かれるアルゼンチン牛のリブアイ。付け合わせの野菜も一緒に焼かれます。

続いて真打の登場だ。アルゼンチン産牛肉のリブアイが、パリージャと呼ばれる金網にのせられ、炭で焼かれる。味付けはアンデスの岩塩と胡椒のみ。ミディアムレアの状態で火からおろされ、さらにオーブンで焼き上げられる。こうすることで旨味が閉じ込められるらしい。最後に食べやすくカットされ、目の前に出された。

アサード
肉の旨さを思う存分堪能できるアサード。値段はグラム単価の設定だが、アルゼンチン牛は時価。

肉はてらてらと光り、指で押せば肉汁があふれそうなほど、見るからにジューシーで、やっぱりソースに浸かっているように見えた。ひと切れフォークに刺して口に入れる。焼けた肉の香ばしさに、炭の芳香とかすかなスモークの香り。噛むと、軟らかいアルゼンチン牛の繊維からさらに肉汁があふれ、甘くふくよかな香りが立ちあがる。
この分厚い旨味が肉汁と塩胡椒だけだなんて。これ以上、もう何もいらない。何も足さなくていい。パプリカやオレガノなどでつくられる「チミチュリ」というアルゼンチンならではのソース(というか薬味?)もつくが、それも必要なかった(それはそれで旨いんだけど)。食べれば食べるほど、肉本来の純粋な美味しさに没入したくなり、事実そうやって食べ終え、息をついた。

チミチュリ
アルゼンチン発祥のソース「チミチュリ」。玉ねぎ、パプリカ、ニンニク、オリーブオイル、酢、オレガノなど、店独自の配合でつくられている。

ただ……味は文句なしなんだけれど、「これぞまさに本場のアサード」と書くのは少しためらわれる。そのへんはもう、雰囲気や文化の話だから、日本でそれを味わおうと思っても土台無理なんだけど。
ディエゴさんが「屋上も見てください」と声をかけてきた。
言われるまま、螺旋階段を上り、屋上に出た。

螺旋階段
屋上へは螺旋階段がのびている。ギリシャの島の建築物を思わせる造形と色合い。

ちょっと鳥肌が立った。アルゼンチンの民家の庭だ。アサードパーティー用のスペースだ。
アルゼンチン大使館の屋上にもアサード場があり、どんだけ好きなんだよ!と心の中で突っ込んだが、こちらは完全に現地の様子が再現されていた。
壁をくりぬいて造られた暖炉のような焼き場に、それを囲むように並んだテーブルとイス。まわりには高層ビルがないから、上を見れば360度の空だ。
星もちらほら見える。ここで煙を浴びながら、仲間たちとワイワイ豪快に肉を食らう。どう考えたって至福のカタチじゃないか。あった、本当のアサードが。この店のオーナーは味だけじゃなく、スタイルまで伝えようとしているのだ。あの楽しさを広めようとしているのだ。祖国の文化を、愛しているんだな。すごいじゃないか。ディエゴさんのほうを見た。彼は腕を組み、「どうだい?」と得意そうに笑っているのだった。

屋上
屋上のアサードパーティ用スペース。焼き場も完全にアルゼンチンスタイル。渋谷とは思えない空の広さ。

ーーつづく。

店舗情報店舗情報

コスタ・ラティーナ
  • 【住所】東京都目黒区駒場1‐16‐12
  • 【電話番号】03‐5465‐0404
  • 【営業時間】18:00〜翌3:00(L.O.)、土曜・日曜は12:00〜14:00(L.O)のランチ営業あり
  • 【定休日】年末年始
  • 【アクセス】京王井の頭線「神泉駅」より10分

文:石田ゆうすけ 写真:中田浩資

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。