昼のピークを過ぎた14時、ラストオーダーギリギリに駆け込んだ韓国料理屋で石焼きビビンパを食べている。美味しい。ここで今、私ひとりだけ楽しく、しあわせだ。そう思った途端、居心地が悪くなった。戦を終えた店員たちは、気だるげに後片付けをしている。ものを食べている私の脳だけが、特別な汁を滴らせていることが、どうも恥ずかしい。それは、コースで頼んだ鉄板焼き屋に大遅刻して、皆が食後のコーヒーを啜る中、自分だけがアワビや牛ヒレに食らいついているのを見守られるのとはワケが違う。だって彼らはもう、同じものをすっかり平らげて、満腹なのだから。
コース料理といえば結婚披露宴である。豪華な食事と、繰り返される乾杯。めでたい日に、人は盛大に酒を飲み、羽目を外したくなるものらしい。だが、制服を着た配膳スタッフにとっては、ただの勤務時間でしかない。おそらく空腹で素面なのに、いつもめでたいような格好をさせられて、めでたいような表情を作っている。その下で彼らが、新郎新婦並びに参列者をどう思っているのか。私はいつも、気になって仕方がなかった。
『神前酔狂宴』の浜野は、18で神社併設の会館に配膳スタッフとして配属された。時給の高さに惹かれて希望した職場だったが、椅子を引いてやらなくても座れる人間に椅子を引いてやることや、高級な絨毯に粗相をする酔っ払いの後始末を、バカバカしい仕事としか思えなかった。だがある時、彼は変わった。結婚披露宴はそもそもバカバカしいものであり、自分のような心持ちの人間が混ざれば、その喜劇のようなパーティーが台無しになってしまう。そう気づいた彼の作り笑顔は、やはり作り笑顔ではあるが、「心からの笑顔」となったのである。私が見たかった笑顔はそれだ。滑稽を承知で、参列者として喜劇を熱演することができるよ。
惜しむらくは、浜野が仕事を終えたあと、どんな賄いを食べていたのかの詳細が綴られていないことだ。そこ、知りたいなぁ。やはりコース料理の残りものだろうか。ワクワク。
しかし若い彼はその賄いだけでは足りず、《一日働いてごっそり失われた塩分とカロリーを取り戻すため》に、いつもの店で豚骨ラーメンを食べて帰る。披露宴のしゃらくせぇコース料理を散々運んだ後に食べたいのは、確かに豚骨ラーメンに他ならない。豚骨ラーメン食べたい。
文:新井見枝香 イラスト:そで山かほ子