ハレとケが混在する年中にぎやかしい町、上野でアジフライミックス定食とビールでお腹も心も満たしたら、湯島を通り抜けて末広町へ。上野からほど近いのに雰囲気はがらりと変わる。しっとりとした闇夜に浮かぶ店で、ナチュラルワインとおいしいもの。友との語らい、もてなしのエレガンスに包まれて、夜はゆっくりふけていく。
満腹ほろ酔いで、迷路の町をめぐる。
高架下のアクセサリーのお店には、ネイティブアメリカンのさまざまな種族のものが揃っていて、指輪やブレスレットに刻まれた模様の意味も教えてもらう。お菓子は「二木」だし、毛糸は「ユザワヤ」、なんでも安い「多慶屋」、スニーカーなら「ロンドン」、おもしろい雑貨なら「ガラクタ貿易」、つくだ煮の「上野大和屋」、「朱悦」のおつけもの、おいしいもの、ほしいものをのぞいてまわり、暑い時期は、上野の丸井と広小路の松坂屋、寄席の鈴本がオアシス。
3時には、おいしいコーヒーを飲む。上野界隈の喫茶店は、お店のかたの笑顔がみなさんすばらしく、これも大東京一と思う。
アメ横ならば、たのしくあっというまに1万歩。ビールもぬけて、燕湯にいく。東京三大熱湯でさっぱりしたら、上野のお山から夕焼けがはじまる。友だちから、どこかでワインいかがとメールがくる。
広小路から湯島にかけて、奥さま公認酒場の「岩手屋」のあたりの小路には、和食、エスニック、ワインバル。人気のお店がそろっている。
開きはじめた酒場をのぞき、黒門小学校をすぎて末広町へ。友だちに、おみやげをかうのは、「うさぎや」のどら焼き、「花月」のかりんと、「風月堂」の焼きたてゴーフル。
仕事でくたびれてくる友だちとワインなら、末広町の「ポッツォ」にする。ここも、おおきな窓があって、入口ちかくの椅子がうれしい。
蔵前橋通りに面していて、秋葉原もすぐ。けれども、道のむこうは、江戸総鎮守の神田明神。窓から、しんとした昔ながらの闇夜を見る。
開店と同時に入っても、気づけばいつも満席になっている。早寝早起きが信条なので、遅くまでいることはないけれど、いれちがいにはいって来て、カウンターでほっとしているお客さんの背なかは、このお店の居心地のよさをなにより教えてくれる。
おちあって、ビールで乾杯。それから、泡、赤、白、グラスで2,3杯のみくらべることもあるし、ボトルをあけることもある。
オムレツやマリネ、サラダ、生ハムなどをひと皿にそろえた前菜の盛りあわせ。お肉が食べたいなら、生ハムと自家製ソーセージからはじめるし、お魚は、席まで運んで見せてくださって焼く、煮ると決められる。
誕生日には、プレートにメッセージが添えられたデザートを出していただいたし、メニューにユーモアがあって、40年ぶりに、なつかしの若鶏のチューリップ揚げにかじりついたこともある。
すてきな音楽もかかっているし、大人数の宴席がいっしょになることも多い。ところが、オーナーの福井さんとスタッフの方とふたりできりもりするこのお店は、いつも、どんなに満席でも、耳触りな声も音もない。
おふたりのふだんどおりの声量と動き、率直で落ちついた対応が、ポッツォの通奏低音で、お客さんの耳は、しぜんにその音をとらえ、くつろぐ。
じつをいうと、それはあの広大な吉池食堂もおなじで、店長さんはじめスタッフのエレガンスが、しぜんにいき届いている。
ポッツォというのは、イタリア語で井戸とのこと。
日常の井戸端でたのしく集うひとびとのようなお店に。福井さんの願いが込められている。うかがうたび、その願いはかなっている。
文:石田千 写真:衛藤キヨコ