八宝茶は中国の伝統的な健康茶。体を労る効能を持った具材に湯を注いで、エキスを抽出して飲みます。健康茶だからといって侮るなかれ。滋味深い味わいとやんわりと甘い香りは、飲むほどに病みつきになりますよ。めくるめく八宝茶の魅力を「ノンチャ」の山田順子さんに訊きました。
「八宝茶の“八宝”という字は、八宝菜と同じで具材がたくさん入っているよ、ということを意味しているんです。八つ以上の具材を使うこともあります」
山田順子さんはそう言うと、手元の器に湯を注ぎ始めた。透明だった湯が器の中で、みるみる紅く染まっていく。ハイビスカスや、バラの花、白木耳がぷかぷかと浮き、幻想的な佇まいになった。
器からはゆらゆらと湯気が立ち上る。金柑のような爽やかな甘い香りが漂っている。あぁ、なんだかホッとする。
「綺麗な紅色に染まるでしょ。バラとハイビスカスから色が出るんです。組み合わせる具材によって、八宝茶は青色や黄色にも染まります。途中で色が変わるような組み合わせにもできます。美しい姿は、目から美容効果を与えてくれるんじゃないかと、私は思っています」と言って、山田さんはニッコリ笑った。
山田さんは、とっておきの茶葉と茶器を背負って全国で出張茶屋を開く旅する茶人だ。中国茶の世界に進んで20年になる。1年に二度は中国や台湾にも足を運び、現地で茶を育てている生産者と一緒に茶を摘んだり、製茶をしたりして茶への理解を深めている。
「中国の人たちは、体の調子が悪いなって思うと、家にある食材や漢方をいくつか合わせて湯をさして飲むんです。それが、言うなれば八宝茶。滋養をとる目的で飲むんですね。店や家によって八宝茶の味は違います。クコの実、松の実、菊の花は定番の具材として入っていることが多いですね」
山田さんが淹れてくれた八宝茶を飲んでみる。ほんのりと甘い柑橘の味わいと、棗やバラから出た滋味を感じる。体にじんわり染みていくようだ。
「組み合わせる具材は、漢方食材が多いから、味わいも淡い。香りも強くなくて、胃腸にもやさしいんです。私はランチの代わりだったり、断食をした後の回復食として具材も一緒に食べることが多いですね。中の具材もぜひ味ってみてください」
具材には、松の実やクコの実なども入っていて、ポリポリとした食感が楽しい。白いレースのように浮かんでいるのは、白木耳だそうだ。高級食材として知られる燕の巣と同じ美肌や老化防止の効能があるという。
具材と一緒に八宝茶を飲んでいると、胃袋はしっかりとした満足感で満たされてきた。
「八宝茶の始まりは、シルクロードが栄えた時代だと言われています。シルクロードを旅していた行商人が道中で手に入れた茶や食材を集めて、湯をさして飲んだ歴史があるんです。行商人の中には、宗教的にカフェインを口にできない人もいたことから、今でも茶葉を入れない八宝茶も多いんですよ」
八宝茶に使う具材の種類は、実に様々だ。山田さんが用意してくれたものだけでも20種類を超えていた。
台湾原住民が好んで使うスパイスの馬告(マーガオ)や、中国では生薬として使われる果実の山査子(サンザシ)などの具材をはじめ、八宝茶の具材では珍しいという冬瓜糖やグリーンレーズンもあった。体に良い食材はもちろん、人からの貰い物や自分好みの食材をたっぷり入れて味わうのも、八宝茶の醍醐味だそうだ。
八宝茶を綺麗に飲み干す頃には、具材に入っていた生姜や金柑のおかげで体は芯から温まっていた。
腹もしっかりと満たされ、ほっこりとした安心感に包まれている。暑さにまいっていた体が喜んでいるのがわかる。
具材の組み合わせによっては、八宝茶は体を温めてくれるだけでなく、目の疲れを癒してくれたりもするそうだ。おいしくお腹を満たせて、体を労われるなんて一石二鳥だ。
「八宝茶は日常の中で気楽に飲むものです。これといった決まりはありませんよ。まずは、肩の力を抜いて味わってみることが大切です」
――つづく。
文:河野大治朗 写真:萬田康文