愛とラーメンのバラード
パスタから生まれた「真鯛らぁめん まちかど」の鯛ラーメン。

パスタから生まれた「真鯛らぁめん まちかど」の鯛ラーメン。

2016年頃から急増したのが、鯛ラーメンの専門店。その中でも、東京は恵比寿「真鯛らぁめん まちかど」の鯛ラーメンは、異彩を放っている。元イタリアンシェフがつくる“まるでパスタ”な1杯は、いかにして誕生したのか?

原型はイタリア修業時代に出会った魚のパスタ。

仕事やプライベートで年間何百杯というラーメンを食べているけれど、とりわけ鯛のラーメンが大好きだ。「新店ができた」と聞けば、予定を押しのけてでも足を運ばずにはいられない。“鯛ラーメン”という響きは、それほど私の胃袋をうずかせる。
でも、数ヶ月前に私は出会ってしまったんだ。おいしさだけでなく、おもしろさや可能性という点でも別格の鯛ラーメンに。

「真鯛らぁめん まちかど」店主の荒木宇文さん。片言程度の語学力ながら履歴書を持ってイタリアのレストランをまわり、自力で修業先を開拓したというバイタリティの持ち主。
「真鯛らぁめん まちかど」店主の荒木宇文さん。片言程度の語学力ながら履歴書を持ってイタリアのレストランをまわり、自力で修業先を開拓したバイタリティの持ち主。

東京は恵比寿で「真鯛らぁめん まちかど」を営む荒木宇文さんは、元イタリアンシェフ。28歳の時にイタリアに渡り、ボローニャの一つ星レストラン「I portichi(イ・ポルティチ)」やエミリアロマーニャの一つ星レストラン「Cà Matilde(カ・マティルデ)」などで、2年間修業を積んだ経歴もある。
「現地ではナポリやボローニャ、フィレンツェの郷土料理を中心に学び、帰国後は、中目黒のイタリアンレストランでシェフを務めました」
その後、満を持して、独立。駒沢で昼はパニーニの専門店、夜はワインバルとして2部営業する「Centro Storico(チェントロ・ストーリコ)」をオープンさせた。
「パニーニはイタリア修業時代によく食べていた思い出の味でもあったので、『日本でもイタリアのパニーニ文化を広められたら』と思いました」

目論見に反して思わぬ反響を呼んだのが、夜にワインを飲んだ〆として、ときおり出していた“魚のパスタ”だった。
「魚の骨やアラ、香味野菜をじっくり炒めて旨味を凝縮させた魚のソースをパスタに絡めたものなんです。お酒を飲んだ〆によく食べていた常連さんたちに『ラーメンにしてもおいしいんじゃない?』とヒントをもらって」

“魚のパスタ”は、荒木さんが最初に勤めたボローニャの店で、ナポリ出身のシェフから教えてもらったもの。
「初めて食べた時は『こんなパスタがあったのか!』と、感動で震えましたね。魚を食べ慣れて育った日本人の自分にとっては、ドンピシャでハマる味だったんです」
クリーム系、オイル系、トマト系……そのどれにも当てはまらない、濃厚な魚ソースで楽しむパスタ。ハートをつかまれるような魅惑的な旨味があって、それでいて、どこかで食べたことがあるような懐かしい感じもあって。海の旨味がギューッと詰まったそのパワフルな魚ソースは、深い衝撃となって、荒木さんの舌に刻み込まれた。

パスタをルーツに持つ看板の“真鯛らぁめん”950円。鯛のスープとタレ、香味油でつくるため、鯛感200%!トッピングには真鯛の昆布締めが乗る。
パスタをルーツに持つ看板の“真鯛らぁめん”950円。鯛のスープとタレ、香味油でつくるため、鯛感200%!トッピングは真鯛の昆布〆。

現地では、鯛やスズキ、カサゴなどのアラを使って魚のソースをつくるが、「ラーメンにアレンジするならば、日本人に馴染みがあって縁起のいいイメージもある鯛を使うのがいいと思いました」と荒木さんは話した。

「真鯛らぁめん まちかど」の鯛ラーメンは、タレもスープも香味油も、すべてパスタのレシピがベース。「ラーメン店で修業をしたことはないけれど、知識がない分、自由な発想でつくれました」と話すその表情からは、イタリアンシェフとしての気概が伝わってくる。かんすいを使う中華麺ではなく、クセがなくてもちもちとした食感の“パスタ”を合わせている点も、荒木さんらしくておもしろい。
「パスタの技術に基づいているので、“経験がなくて困った”とはまったく感じませんでしたね。『ラーメンとして食べさせるからには』と、スープの濃度や麺との相性、塩分濃度や香味油の量などはかなり意識してつくり込みました」

常連客からヒントを得た鯛ラーメンを、バルの1日3食の限定で提供するようになった。 “〆の一杯”は、ほどなくして“お目当ての一品”に。これを食べたいがためにわざわざ訪れるお客さんが現れ始めた。口コミで着々と広がっていく評判。売り切れる時間は日に日に早まり、開店早々に売り切れることも多くなっていったという。
「せっかく来たのに!」
そんな嘆きの声に背中を押され、週に2日はバルを閉めて鯛ラーメン専門店として営業することになる。その1ヶ月には週に3日、終日ラーメン店として暖簾を掲げるようになった。この頃になると、メディアに取り上げられる機会が増え始め、「ラーメン店」として少しずつ名を上げていく。

魚と野菜、塩などの調味料でつくる“フュメ・ド・ポワソン”のスープ技法をラーメンに応用している。
魚と野菜、塩などの調味料でつくる“フュメ・ド・ポワソン”のスープ技法をラーメンに応用している。

「武器を手に入れたと思いましたね。もっと広い世界で戦うための武器が。これなら日本人だけではなく、さらに多くの人に食べてもらえるかもしれない」
イタリアで修業を積んだシェフなら、世界中に山ほどいる。でも、イタリアで習ったものをアイデンティティである日本の食文化と融合させて、世界に発信している人はそういない。
「ラーメンならば、これまで培ってきたイタリアンの経験も、日本人の料理人としてのアドバンテージも、最大限に生かすことができると思ったんです」

新たな野望を胸に、荒木さんがラーメン店主として再スタートを切ったのは2019年1月のこと。本当に夢を叶えちゃうかも、という予感がする。
鯛は世界中で食べられている食材だし、力強いパンチを持つ鯛ラーメンは、豚骨に次ぐ注目ラーメンとしてインバウンド客からの評判も上々だからだ。

サイドメニューの“特製鯛ばってら”300円。炙った真鯛の昆布締めの甘さと香ばしさ、アップルビネガーのシャリが渾然一体となる。
サイドメニューの“特製鯛ばってら”300円。炙った真鯛の昆布〆の甘さと香ばしさ、アップルビネガーのシャリが渾然一体となる。

押しては引く“旨味”の駆け引きで魅了。

これまで厨房に張り付いてイチからスープの仕込み取材をした経験は100回を下らないが、荒木さんの仕込み工程を初めて見せてもらった時、私の胸は高鳴った。
イタリアンの技法でつくる、新感覚の鯛ラーメン。自分の目の前で、ラーメンの世界がまた少し広がっていくのを見た気がして、ワクワクした。嗚呼、ラーメンって本当に正解がない食べ物なんだなぁ。

とろんとしたスープは、ひと口目から鯛の旨味がドッと押し寄せるパワフル系。それでいて、引潮のようにさっと旨味が引いていく。濃厚なのにキレがあるとは、まさにこのこと。まるで恋の駆け引きのようだ。
「あれれ?いつもの鯛ラーメンとは違うぞ?」と思っているうちに、レンゲを進める手が止まらなくなる。
きっと食べた人はみんな思うはずだ。「こんな鯛ラーメン、初めて!」って。

鯛出汁で炊いた “鯛ダシご飯”100円。 トッピングされた刻んだトマトとセロリが爽やか。最後にスープに入れて食べてもおいしい。
鯛出汁で炊いた “鯛ダシご飯”100円。 トッピングされた刻んだトマトとセロリが爽やか。最後にスープに入れて食べてもおいしい。

実は、鯛ラーメンを提供する店の多くが“パンチ”や“飲み応え”を演出するために、鶏などの動物系食材をスープに合わせている。だけど、この店は鯛の旨味だけで男らしく(?)直球勝負。
「鯛の力強い味を引き出しているので、そもそも動物系の食材を使う必要がないんですよ。それに、鯛は信仰に関係なく食べられるし、世界中で手に入るでしょ?」
動物系の食材にも劣らない力強さがありながら、カロリーオフで罪悪感を抱かせない優しさを併せ持つところもまた心憎い。嗚呼、忘れられない、あの力強い旨味。思い出す度に胸が……いや、おなかがグウと鳴る。
「早くまた食べたい!」

私の胃袋はいま、多分この鯛ラーメンに恋をしている。

――つづく。

店舗情報店舗情報

真鯛らぁめん まちかど
  • 【住所】東京都渋谷区恵比寿西1‐3‐9 田中ビル2階
  • 【電話番号】090‐4453‐0253
  • 【営業時間】11:30~16:30(L.O.)
  • 【定休日】日曜
  • 【アクセス】JR・東京メトロ「恵比寿駅」より3分

文:松井さおり 写真:徳山喜行

松井 さおり

松井 さおり (ライター・編集者)

大学時代にラーメンの食べ歩きにハマる。新卒で勤めた出版社でラーメン担当を任されて以来、ラーメン店取材がライフワークに。仕事とプライベートを合わせると、年間300杯近くを実食。電話帳の1/3はラーメン店主、体の半分くらいは多分ラーメンでできている。