観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~
「林檎や」の中華&何でもござれ|神林先生の浅草ひとり飲み案内③

「林檎や」の中華&何でもござれ|神林先生の浅草ひとり飲み案内③

新店でありながらもコアな酒場は、専門店のごとき中華料理にタイ料理風サラダに洋食メニューも揃う“つまみ大充実店”だった!「倒れるまで飲む」の意ではなく、「飲むことに人生を懸ける」という“飲み倒れ”の精神を体を張って追求する神林佳一先生が、自身のミニコミ「ひとり飲みの店ランキング2019」25軒より、選り抜きの一軒をご案内。

元芸者さんと元バーマンの最強タッグ。

ミニコミ誌
神林先生が職場の都立浅草高校で配布する目的で、2009年からつくり始めたミニコミ誌。浅草の食文化の深さを伝えるべく、大好きな店ばかりを、テーマごとにランキング形式で紹介。今回のテーマは「ひとり飲みの店ランキング2019」です。

「林檎や」(16位)があるのは、浅草は馬道(うまみち)通り沿い。浅草寺の脇を南北に延びるこの道と、東西に交差する言問(こととい)通りを越えたところにある。

江戸時代から、花川戸から馬道にかけては“浅草の玄関”だった。
馬道は浅草寺の馬場に通う道として生まれ、後に吉原へ馬で向かうための道となる。
そのため、今でも天ぷら屋の「お多福」と「大黒家(だいこくや)」という木造の老舗が残っているし、3年半前までは「大木洋食店」(1923年創業。現在は閉店)というかの立川談志師匠も通った名物店もあった。
2012年に大将が亡くなり暖簾をたたんでしまった、もつ焼き「うまいち」は僕にとっては最高の「ひとり飲み」店で、国内外で活躍する音楽ユニット「Ego-Wrappin(エゴラッピン)」のギター・森雅樹さんも常連だった(こちらの名店を覚えている方はいらっしゃいますか?)。

外観
レトロな明かりを灯す、しっとりとした佇まい。曇りガラスで中が見えづらく、初めての来店だとちょっと勇気が必要です。

「林檎や」はⒶ「名物女将と話ができる店」、Ⓑ「寡黙で腕のいい大将がいる店」の両方の条件を満たす店の代表だ。
カウンター4席とテーブル12席。店は大正浪漫を意識していて、居酒屋というよりも洋食屋のようなお洒落な造り。

右が女将の「りんごさん」こと渡邊理恵さん。左がマスターの中谷大輔さん。
左がマスターの中谷大輔さん。元バーマンながら、多彩な料理をパワフルに手際よくつくり上げていきます。右が女将の「りんご」さんこと渡邊理恵さん。明るく賑やかにもてなしてくれます。

女将は僕が勤める浅草高校の前身、台東商業高校の出身(何かの縁を感じます)。
元向島芸者で、そのときの源氏名が「りんご」さん。東京・丸の内「パレスホテル東京」でフレンチの修業をしたが、一転して15年ほど芸者を張り、知人の料亭を手伝った後、2016年にこの居酒屋を開いた。

向島はいま関東最大の花街で、芸者は90人在籍する。
一方、浅草芸者は、2月に最高齢のゆう子姐さんが96歳で亡くなり、25人に減ってしまった(ちなみに花川戸の串揚げ屋「光家(みつや)」の女将も元浅草芸者です)。

ヤムウンセン
タイの春雨サラダ“ヤムウンセン”700円。酸味の効いたさっぱりした味わいで、トマト、セロリ、海老、挽き肉など具沢山。
神林先生
グビグビ、プハー。先生のひとり飲みの一杯目は生ビールから始まります。
気さくな林檎さん
気さくな林檎さん。快活なおしゃべりと、目端が利くてきぱきとした接客で愉しい夜が始まります。

マスターの大輔さんは、赤坂のサントリーバー「モダンタイムス」や浅草「オレンジルーム」、東向島「Bee」などで経験を積んだバーマン。
(寡黙ではないが)料理の腕もいい。常連である、浅草の有名洋食屋「レストラン大宮」のオーナーシェフ・大宮勝雄さんのお墨付きだ。シェフは大輔さんの“あんかけ焼きそば”が大好物で、毎日食べ続け太ってしまったというくらいだそうだ(中華料理も評判のバー「Bee」直伝の味です)。

ねぎチャーシュー
こんもり盛られた“ねぎチャーシュー”600円。これがまた、ラフロイグのハイボール1,000円と絶妙に合うのです。
手作りシュウマイ
蓋を取ると湯気が立ち上る、蒸したての“手作りシュウマイ”600円。むっちり、ジューシーな食感で、あ~、シアワセ。
あんかけ焼きそば
“あんかけ焼きそば“1,200円は、バー「Bee」でオーナーから免許皆伝を許された直伝の味。二人で食べても十分なボリューム!ファンの多い一皿です。

和・洋・中・韓・泰・印。and more?

ほっけの一夜干しにチャプチェ。アヒージョにオムライス。海老マカロニグラタンにナンピザ。豆腐とツナのチヂミ、焼きおにぎり、稲庭うどん(冷・温)。
と、大輔さんは和・洋・中・エスニックと何でもござれだが、ランチのカレーも評判がいい。林檎さんが働いていた「パレスホテル東京」をリスペクトした味だとか。3種類あっていずれも1,000円。とくに“特製カレー ひと口カツ添え”は昼限定の人気メニューである。

芸者さんの気配りと接客。

バーマンの大輔さんの気の利いた酒と肴。
思えば、この二人の取り合わせは最強ではないだろうか。

豆本のごときオリジナルマッチ
豆本のごときオリジナルマッチ。「時代に逆行してるでしょ?」と林檎さんが笑って言います。これほどキュートなマッチをつくってしまうセンスたるや。

客の年齢層は高め。
老舗さつまいも菓子店や人形焼店の女将さんをはじめ、「浅草の顔」ともいえる人々や地元のお年寄りたちの社交場ともなっている。とにかく、浅草の芸者衆や相撲の親方と客層も幅広いのだ。

このように客を引きつける「林檎や」の魅力は、絶妙な距離感にあると思う。
女将とマスター、店と客、客同士。
慣れ合うことなく、それでいて家庭的。ぜひ一度この雰囲気を味わっていただきたい。

ランキング
神林先生の「ひとり飲みの店ランキング2019」より。
▼25位「角打ちフタバ」
2013年開業。『酒のフタバ』。ビール1本、日本酒3杯の“センベロセット”1,080円! 
▼24位「スナックひまわり」
1989年開業。一青窈も来た実力店。テレビ番組『和風総本家』登場。春は店内が本物の桜の花で埋まる。
▼23位「食べ呑み処 あぐまる」
2018年開業。まだ素人っぽい若い女性二人が営む。こんな店を応援するのも愉しい。
▼22位「洒落者」
2016年開業。「dancyu」で紹介された、日本酒の品揃えが素晴らしい立ち飲み。
▼21位「なお太」
2009年開業。深夜に極細打ち蕎麦が食べられる。活気があり、蕎麦以外の一品料理も大充実。
▼20位「しゅこう みやもと」
2004年開業。もっとも通っている店だが、いつも仲間と飲むので今回のランクは控えめ。
▼19位「Gyoza Bar けいすけ」
2016年開業。神戸味噌だれ餃子の店。パクチー餃子など創作餃子も多く、愉しい。
▼18位「食堂うんすけ」
2014年開業。ママが集めた民芸品とカレーと手料理の店。夜は厳選した日本酒も。
▼17位「吉原もん」
2014年開業。吉原大門・見返り柳前にある立石「玄庵」出身の人気蕎麦居酒屋。酒肴も手打ち蕎麦もお手頃。
▼16位「林檎や」
2016年開業。元向島芸者・りんごさんの居酒屋。ランチのカレーも夜の料理も旨い。
(ランキングは、テーマや先生の独断で変動することも多分にあります)

番外編として、「ひとり飲み」という観点から泣く泣く削ったが、オールマイティの店の代表としては和洋食・喫茶・居酒屋の「ニュー王将」(浅草警察署の奥)が有名。「ここを知らずして浅草を語るべからず」というほど地元での人気は高い。庶民的な店だが老舗高級ロシア料理「マノス」で修業したという。何を食べても安くておいしい!ただ、数年前にランチをやめてしまったのが何とも残念だ。
23位「食べ呑み処 あぐまる」も二人で営業している店だ。若い女性たちで、一人が料理担当、もう一人は日本酒利酒師というアットホームな店。2018年7月開店で、客層も若い。こんな新しい店を応援するのも「ひとり飲み」の楽しみの一つだ。

――明日につづく。

似顔絵
<本日のお会計>
エビス樽生 中700円。ヤムウンセン700円。ラフロイグのハイボール1,000円。ねぎチャーシュー600円。手作りシュウマイ600円。あんかけ焼きそば1,200円。計4,800円也。※こちら、2人~3人でも十分なボリュームです。

店舗情報店舗情報

林檎や
  • 【住所】東京都台東区浅草3-27-11
  • 【営業時間】11:30~14:00、17:30~23:00、日曜は12:00~15:00、17:00~21:00
  • 【定休日】月曜
  • 【アクセス】地下鉄・東武スカイツリーライン「浅草駅」より7分

文:神林桂一 写真:大沼ショージ

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神林 桂一(都立高校国語教師)

教師生活41年。食べ歩き、飲み歩き歴は44年。10年前の都立一橋高校(馬喰町)時代から食のランキング・ミニコミを刊行(おもに職場で配布)。下町エリアを中心に酒場、定食屋、バー、和・洋・中・その他のエスニック料理店と守備範囲は広いが、なかでも“お母さん酒場”には並々ならぬ情熱を持つ。食にまつわる書籍、雑誌、テレビ番組、一般的なランキングサイトなど、リサーチにも余念がなく、自作のデータベースには行った店・約9000軒を含む1万4800軒の店や食の情報が整理されている。毎日早朝6時、デッキや外付けHDD計4台に録りためた番組をチェックすることから1日が始まる。