平成31年2月6日、代官山の人気イタリアンレストラン「ファロ」の樫村仁尊シェフが再び広島県の倉橋島を訪れ、島の新しい名物料理のアイディアを披露した。名付けて『倉橋島お宝フリット』。未利用魚やちりめんじゃこ、摘果トマト、倉橋島のお宝食材を余すことなくまるごと使ったイタリア式の揚げものだ。
気持ちよく晴れた朝、倉橋町の中心、まちづくりセンターの調理室に地元の方々が続々とやってきた。新しい名物料理を観光客誘致の目玉にするためには、まずは島の飲食店や家庭でつくってもらわねば始まらない。今日は、名物のお披露目会を兼ねた料理教室なのだ。
樫村シェフが考えた新しい名物料理は『倉橋島のお宝フリット』。フリットとは、カリッふわっと厚めの衣をまとわせたイタリア式の揚げものだ。具は倉橋島の名物の牡蠣に加えて未利用魚いろいろ、それに捨てられるはずだった緑色の摘果トマト。ちりめんじゃこの加工で出てしまう屑ちりめんも大切に使う。燻製したうえでパウダーにして生地に加え、プレーンとチーズ入りと2種類の衣にした。フリットにつけるのは、島の搾りたてレモンジュースと皮のすりおろしをたっぷり合わせたタルタルソースだ。
まず樫村シェフが実演してみせる。揚げたてのフリットが皿に盛られると、あちこちから手が伸びる。ガツンと旨味が強く、風味豊かなフリットに、パンチの効いたレモンの酸味と香りがすがすがしい。「この香ばしいの、ちりめんの香り?」「この魚おいしい!何の魚なんじゃろう?」「このタルタルソース、何が入っとるん?」と、目を丸くした参加者から声が上がる。
「さあ、今から皆さんにもつくってもらいます。おいしくつくるコツは、二度揚げです。高温の油に入れたら途中で引き上げて、余熱で火を通してからもう一度揚げる。魚も野菜も季節次第、倉橋にそのとき"あるもの"で大丈夫ですからね」
さあ、調理実習スタート!
6つの調理テーブルに配られた大きなトレーには、牡蠣のほかホシザメやヒゲソリダイ、トラギス、ネゴチなど聞き慣れない名前の魚がさまざま、それに小さなイカやエビ、人参やハーブ類、緑色の摘果トマトが並ぶ。
さすが料理店関係者や料理好きの島民が集まっただけあって、作業はすいすい進む。ほどなく、香ばしい香りであたりがいっぱいになった。
「皆さーん、お料理をこちらに持ってきてくださーい!」
約2時間後、各チームが完成したフリットとタルタルソースを持ち寄り、ビールのグラスを掲げて大試食会がスタート。こちらはカリカリ、あっちはふわふわ、いろんな仕上がりに、おいしい、うまいねとあちこちで声が上がる。樫村シェフも嬉しそうだ。
「燻製のちりめんパウダーがいいですね、深みのある味になって」。井原達也さんは「カフェ・スロー」の若きシェフ。新メニューの何かヒントが得られればと講習会に参加した。摘果トマトもおいしい、捨てていたなんて信じられないね、とチームの皆さんと一緒にうなずき合う。
ところで、昨日からずっと心に引っかかっていたギモンがある。魚にしても野菜にしても未利用の食材とはいったい何だろう。売れるか売れないか、つまり「利用するかしないか」は人間側の都合で決まっている。食材の本質、命の価値にはまるで関係がない。
20代の参加者に聞いてみた。サメって食べたことありますか?
「えーないです、ないです。サメを食べるなんて考えたことないな」
少し年配の主婦の方にも聞いてみる。
「いやぁ、なんとなく抵抗があって。でもおいしいんやねぇ、びっくりした」
続いて女性部に所属する上瀬和子さん。
「昔からよう食べとったよ。漁師さんからもろうたら刺身にしたり、かき揚げにしたり。でもあらいにして酢味噌で食べるんが一番」
サメはある人にとって大切な食べものでも、別の人にとっては未利用魚になる。じつはそんな魚は全国に多い。食る機会が減れば、「未利用魚」に分類される魚も増えていく。だから「食べられるよ」「おいしいよ」と伝えていくことが大切なのだ、きっと。
樫村シェフは言う。
せっかく獲れた魚を捨ててしまうのはしのびない。家庭での処理が面倒な魚なら処理をしてから市場に出すとか、数が少ない魚は直接取引を見つけるなどできるといいんですが……。このフリットがその解決策のひとつになれば、本当にうれしいですね。
そう、未利用魚はなかなか流通しない。だから倉橋島に行かないと食べられない魚介を使い、「この魚おいしいよ」と伝えることができるから、倉橋島の「お宝」フリットなのだ。樫村シェフが未利用魚で考案した名物料理が注目されれば、倉橋島の漁師の「困った!」を解決する一手になるかもしれない。
島を離れる直前。「シーサイドカフェ・アルファ」には淹れたてのコーヒーの香りが満ちていた。今回のプロジェクトのチームリーダーで、地域振興に取り組む天本雅也さんは終始笑顔。「樫村シェフとプロジェクトチームのおかげで、こんなにすばらしい名物料理が出来ました。そのバトンを引き継いで、これからは僕たちががんばる番です。島の未来のために、しっかり地域に根付かせていかなくちゃ」。
倉橋島の食材が持つ大きなポテンシャルと大きな課題に、樫村シェフの島への想いとイタリア料理の技術、そして天本さんをはじめ島の人々の熱意が出会い、生まれ落ちた「お宝」。光を放つのは、これからだ。
平成30年7月豪雨の被害を受けた中国四国等の復興に向けた経済産業省の支援プロジェクト。支援対象地域の事業者等を対象に専門家であるプロデューサーが中心となって販路開拓やPRなどの支援事業を実施した。
「HASHIWATASHIプロジェクト」プロデュース支援事務局記事で紹介した「倉橋島の料理開発プロジェクト」について
お問い合わせ:info@seaside-k.com
文:佐々木ひろこ 写真:宮前祥子