倉橋島にイタリアンシェフがやってきた!
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倉橋島にイタリアンシェフがやってきた!

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平成30年7月の豪雨で被災した広島県呉市倉橋島。名物料理をつくって島の活気を取り戻したいと、「HASHIWATASHIプロジェクト」が始まった。倉橋島へ飛んだのは、東京・代官山のイタリアンレストラン「ファロ」の樫村仁尊さんだ。さて、島の人たちの思いにこたえることができるのか!

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平成30年7月豪雨の被害を受けた中四国地方等の復興に向けて、経済産業省が実施した、地域の魅力の発信や需要拡大のための支援プロジェクト。
真っ赤なアーチが美しい第二音戸大橋。
真っ赤なアーチが美しい第二音戸大橋は、倉橋島への玄関口。こうして橋が島々を結ぶ様子は、いかにも瀬戸内らしいのどかな光景だ。

瀬戸内海の美しい島、倉橋島へ

「あの橋を渡れば倉橋島ですか?」

平成31年2月初旬の穏やかな冬の日。前方に赤いアーチを見つけた樫村仁尊シェフの顔がほころんだ。ここは広島、倉橋島。広島駅から車で1時間、造船所の煙突がひしめく呉の町の風景が突然変わり、車窓に大きな海と空が広がった。

はるか昔の飛鳥時代、朝鮮半島から渡来した船大工の技をベースに、漁業、造船、海運業が栄えた倉橋島。近年は広島市内からほど近い観光スポットとして人気を集めていた。そんな美しい島が、平成7月、豪雨に襲われた。島の南部、倉橋町の地域振興に取り組むグループ「倉橋交流拠点事業」のメンバーで、今回の企画のリーダーである天本雅也さんは言う。

「激しい風雨のために島のあちこちで土砂崩れが起きて、特産品の牡蠣は、筏が流されたり死んでしまったり。半年以上経って、改修は進んでいますが山間部など手つかずのところもあります。一番深刻なのが観光客数の落ち込みです。島の賑わいと経済基盤をなんとか取り戻すため、観光の目玉になる名物料理をつくりたい」

「日本の渚百選」に選ばれた桂浜
「日本の渚百選」に選ばれた桂浜で、「いい景色だなあ」と声をあげる樫村仁尊シェフ(手前)。平成30年の豪雨で道路が寸断され、観光客が激減した。「今年は名物料理で、夏の賑わいを取り戻したい」と熱く語る天本雅也さん・奈津子さんご夫妻。ふたりは桂浜が見渡せる「シーサイドカフェアルファ」を営んでいる。

この「倉橋島名物料理開発プロジェクト」のプロデューサーとして白羽の矢が立ったのが、東京・代官山の人気イタリアンレストラン「ファロ」のシェフ、樫村さんだ。実は樫村シェフは平成16年から6年間、広島市内のイタリアン「マンジャペッシェ」のシェフをつとめた経験がある。東京から単身移り住んだ自分を温かく迎えてくれ、今や「第二の故郷」と呼ぶまでになった広島に恩返しをしたいと依頼を快諾。水害後に足が遠のいた観光客を呼び戻すべく、天本さんたちと力を合わせ、島の産品で新たな郷土料理を開発しようとやって来たのだった。

まずは、倉橋島のお宝食材を巡る旅

さて、この日は倉橋のお宝食材を探そうと、島を巡ることにした樫村シェフ。天本さんたちとまず向かったのは、牡蠣の養殖・加工を行う倉橋島海産だ。社長で地元漁協の組合長でもある斉藤紲男さんが、手際よく牡蠣の殻を開ける。
「この、剥きたての牡蠣のふっくらジューシーなおいしさは、産地でなければ楽しめないんですよね。やっぱり、このポイントを生かした料理にしたいなぁ」と樫村シェフ。

水域や漁場について説明を受ける樫村シェフ
倉橋島海産の斉藤紲男社長から、水域や漁場について説明を受ける樫村シェフ。
ぷっくり太った牡蠣はなめらかでジューシー
殻からはずしたて、ぷっくり太った牡蠣はなめらかでジューシー。

次に向かったのはトマト団地だ。“団地”の名がつくとおり、山を切り拓いた斜面に巨大なビニールハウスがいくつも並んでいる。農家の立花達也さんがもいでくれたトマトにその場でかじりついてみると、ジューシーでやわらか、昔のトマトのような青い鮮烈な香り!
「いいですねぇ、おいしい。でもこの緑のトマトはどうするんですか?ええ、捨てちゃうの??」
樫村シェフは、栽培過程で間引かれる緑色のちびっこトマトが気になるよう。ちょっと頭を傾げて考えるそぶりを見せると、5~6個をポケットに押し込んで歩き出した。

ずらりと並ぶトマトの苗
ずらりと並ぶトマトの苗を前に、農家の立花達也さんと話し込む樫村シェフ。小さいうちに摘み取ってしまう摘果トマトが気になる......。

どうする?島のフードロス。

続いて倉橋島の南端からさらにもうひとつ橋を渡った先にある、周囲わずか9kmの小さな島、鹿島へ。鹿島にある石野水産は、ちりめんを漁獲・加工する生産者。乾燥させたちりめんを選別する際に、どうしても“屑”が出てしまうことが悩みで今回のプロジェクトに手を上げた。顧客・販売担当の石野智恵さんが言う。

「何度も器械にかけて、ていねいに選別した歯ざわり繊細なちりめんがうちの自慢です。でも、その過程で出るこの屑も味はまったく同じ。肥料にしか使えないのは悲しいので、なんとかしたいんです」

トマト団地のほど近くの被災場所。
トマト団地のほど近くの被災場所。丘の側面の土砂が崩れ落ち、トマトのビニールハウスをなぎ倒している。
石野水産の加工場
石野水産の加工場で。折れたりちぎれたりしたちりめん(屑)を、ゆるやかな風を当ててふるい飛ばす工程を見学。
石野水産自慢の「極小ちりめん」
大きさや色が均一に揃った、石野水産自慢の「極小ちりめん」。

1日の最後には、漁港を訪れた。停泊中の漁船の脇で漁師の平本勝美さんが、やあやあこんにちは、と恥ずかしそうに頭を下げる。実は平本さんにも悩みがあるのだ。網の漁をしていると、目指す魚だけでなくいろんな魚が獲れてしまう。でも、そのうち売れるのはわずかな魚種だけで、他の種類の魚は捨てられているという現実だ。
「ホシエイにヒゲソリダイ、シロザメにカナガシラ……、未利用魚と呼ばれるこういった魚も大事な資源だし、うまく調理すればおいしい。だから活用してあげられないか、ずっと考えているんですよ。なんとか使えませんか」

揚がる数が少ないためセリにかけられず、流通ルートに乗らない魚、昔は食べられていたけれど今は魚食離れもあり、売れなくなっている魚、実は食べられるのに知られていない魚。海から魚が減っているという厳しい現実の一方で、たくさんの魚が捨てられている。魚の命に日々対峙する漁師として悲しい、と話す平本さんの言葉に、樫村さんは真剣な面持ちで頷いた。

漁師歴30年、勉強熱心な瀬戸内漁師の平本勝美さん。
漁師歴30年、勉強熱心な瀬戸内漁師の平本勝美さん。「最近は魚がどんどん減って、獲れないものが多いんよ。じゃけえ獲れた魚は大事に食べてほしいんです」。

こうして倉橋島のお宝食材を訪ねて回り、大きな課題も持ち帰り、いったん東京に戻った樫村シェフ。プロの料理人として倉橋の食材を活用し、フードロスを減らし、観光客を呼び戻すことができる新・名物料理として提案すべきは何なのか…。次回にお披露目いたします。乞うご期待!

瀬戸内海で獲れるのはノウクリと呼ばれる小型の鮫。刺身にするとおいしい。「昔は鯛よりおいしいっていう人もいたくらい。でも今は食べ方がわからんけん、全く売れんね」と平本さん。
網にかかったイシモチの幼魚。水揚げすると浮き袋が浮いてしまうのでリリースできず、市場に出してもわずか1kg200円ほど。「鮮度がよいとフライにするとええよ、でも売れんけん、鳥の餌にするしかないんよ」。
ヒメコウイカ。あっさりとして柔らかい身質は、煮つけにすると絶品。ただし、成体でも外套の長さが7cmほど。硬い軟骨のような甲羅があり、処理が面倒。こちらも市場で1kg200~300円。ガソリン代にもならない。
大きくなっても10cmほどのテンジクダイ。柔らかく繊細な味は、これぞ瀬戸内の小魚。昔の人は頭をとってミンチにしたり、から揚げにしたりと食べる知恵があった。今では処理が面倒なため売れない。
未利用魚となってしまうことが多いヒゲソリダイ。白身の美味な魚だが、真ダイや血ダイに比べると知名度ゼロで、市場で値がつかない。
エイに似ているが、これはコモンカスベ。昔は煮つけや唐揚げにして食べられていたが、今では地元の人でも食べ方を知らないため値がつかない。おいしいけれど、これもまた未利用魚。

お問い合わせ情報お問い合わせ情報

平成30年7月豪雨の被害を受けた中国四国等の復興に向けた経済産業省の支援プロジェクト。支援対象地域の事業者等を対象に専門家であるプロデューサーが中心となって販路開拓やPRなどの支援事業を実施した。

「HASHIWATASHIプロジェクト」プロデュース支援事務局 
「HASHIWATASHIプロジェクト」プロデュース支援事務局 

記事で紹介した「倉橋島の料理開発プロジェクト」について

お問い合わせ:info@seaside-k.com

文:佐々木ひろこ 写真:宮前祥子

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